School days 3.8-2
「お化け屋敷はこちらに並んでくださーい」
「はい、次の方どうぞ」
お化け屋敷は開始直後から大盛況だった。会場前には長い列ができている。
宴は「お岩さん」の格好をして受付にいた。
「宴ちゃん、受付交代するよ」
同じく白装束で、髪をバッサリ下ろした夕音が会場から出てきた。
「驚かすの、すっごく楽しい!はまっちゃったよー」
肩をすくめて笑う彼女に、宴は苦笑した。
「青島入ります」
室内に入り、自分がお化け役の事を知らせる。
「はーい」
返ってくる返事。宴の役割は井戸の中へ入って、前を通る毎に立ち上がり脅かすことだ。その井戸はコース終盤にある。見せ場の一つと言ってもよい。
(頑張らなきゃ)
そう意気込んで井戸へと移動する宴の耳に会話が届いた。客が入っていないため、何人か話す人はいたが、この会話はそのどれよりも耳に入った。それはおそらく…
「やだ〜あははっ」
「だってそうだろ?」
賢輔だったから。賢輔は上に仕掛けられているカツラを動かす役目をしていた。
下を人が通ると紐を緩めて下ろすのである。一緒に話しているのは近くにいる女子。とても楽しそうに聞こえた。思わず早足になる宴。だが、さらに追い討ちはかかる。
「じゃあ賢輔君がさ…」
名前、だった。賢輔のことを名前で呼んでいた。
―苦しい
ただそれだけだった。無意識に胸元を押さえる。
(そう…だよね、私だけが名前で呼ぶ訳じゃないんだから…。私だけ特別な訳じゃないんだから…)
「宴ちゃん、準備いい?」
扉から確認をとる夕音の声。
「うん、いいよ」
声が震えないよう、全身に力を込めて宴は言った。
「人、結構入ったよな〜」
「すごいよねー。これがまだ続くかと思うと…」
今は昼休憩だ。この後1時半から午後の部が始まる。みんなはつかの間の休息を取っていた。
「賢輔君、昼ご飯は?」
「今からちょっくら買いに行って来る」
賢輔は立ち上がった。
「お、じゃあ俺も行こうかな」
「あたしもー」
結局教室を出たのは賢輔一人ではなく、10人ほどの塊となっていた。他のクラスの生徒は唖然としてその様子を見ている。それもそうだろう、なんたってあの賢輔が一般生徒と仲よさげに歩いているのだから。
丁度その塊が階段に差し掛かったところだった。周りの会話になんとなく相槌を打っていた賢輔の瞳に生き生きしたものが宿った。階段の少し向こう、宴が居た。窓の傍でぼうっと外を眺めている。
ふ…
宴が何気なくこちらに視線をよこした。ピタリと視線が合う。賢輔はそちらへ歩を進めようとした…瞬間、宴が視線を逸らし足早に向こうへと歩いて行った。
(なんで…)
あまりのことに賢輔は立ち尽くす。あんな風に自分を避けることはなかったのだ、今まで、一度も。冷たくあたっていた時でさえ。
追いかけようと動く賢輔。だがその足も2、3歩のところで止まってしまった。
前からやってきた人物が宴を引き止める。紛れも無く、それは勝平だった。
そうだよな…
俺よりあいつがいいに決まってるんだ
昨日、宴から「しよう」って言ったから、俺は…
唇を噛む。
彼氏が居るのに、俺にマジになるわけないじゃねーか…
俺は迷惑でしかないんだって分かってるのに
宴の優しさに甘えて…
「おい、どうした?」
突っ立つ賢輔を不思議に思った一人が声をかけた。
「いや…」
振り返ったその瞳は何かを決意したように強かった。