■LOVE PHANTOM■九章■-2
「何百年、お前との再会を願っていたと思っているのだ。お前も俺が生まれ変わるのを待っていたから、今までこの世界に出てこなかったのだろう」
「・・・えっ?」
思わず靜里は耳を傾けた。おもむろに話す那覇の口調が、どこか寂しげに聞こえ、そしてなによりもそれが、叶の声に良く似ていたのだ。
“やっと見つけた”
彼は確かにそう言った。その言葉は以前、叶からも聞いたことがある。始めて会ったあの日、叶も確かに“やっと見つけた”と靜里に告白した。
しかも、さっきから男の言動が妙に、意味ありげな感じがする。
靜里は扉に寄り掛かったまま、ずるずると床へ座り込み、まるで、部屋の中に酸素がなくなったかのように、荒く呼吸をした。
「まさか」
そうだという証拠はどこにもない。ましてや、それなしに確信というものが存在するはずもなく、これを絶対だと断言出来るはずもない。なのに靜里には解った。
予想や、勘などでなく。何故か心から理解していた。
彼は叶と同じ人種、ヴラド・ツェペシュに関係する者だと。
「叶・・叶・・」
恐怖が限界を超し、靜里の頬は再び涙で濡れた。その瞳に映るものはすべて、ビー玉を通して覗いた景色のように歪み、水を垂らしたインクのようにぼやけた。ひっくひっくと、細切れの呼吸が静かに部屋に漂う。
「何故泣く?何故悲しげに声を殺す・・・忘れたのか俺のことを、だから怖くて泣くのか、なぁ答えろ」
扉の向こうで那覇が言った。
「やだ・・やだ・・」
「何が嫌だというのだ。俺か?俺が嫌なのか?妻よ・・あれほど愛し合っていたじゃないか」
那覇は震える声を出す靜里へ、訴えかけるように言い、ノブをゆっくりと回した。
意外にも扉は簡単に開き、中へそっと足を忍ばせ、辺りを見回す、が、そこに靜里の姿はなく、ただ、暗い部屋に、何本かの光のベルトが入り込んでいた。那覇は息を飲んだ。確かにさっきまでは扉の前にいたのだ。それは気配や声で分かっていたことだ。
もう一度、部屋の隅々をゆっくりと見回すが、やはり見当たらない。
「消えた?」
シンと静まり返っているこの部屋には、一つの影しかない。
「一体何処に・・・」
数瞬を境に消えてしまった、靜里の姿を探しながら那覇は立ち尽くした。透明な空気が見えるほどに、その眼差しは強く、周りへ向けられている。
しかし、いつまで経っても部屋は眠ったように静寂を守り、やがて那覇はしびれを切らした。
「妻よ!愛する、愛する妻よ。何故だ何故だ何故何故!」
突然の発作だった。那覇は声を荒らげ、目に映る物、手に届く物、全てを殴り、蹴り、叩きつけ、破壊してゆく。それらの崩れてゆく音と共に響く、荒々しい雄叫びが、彼を囲む壁達を震撼させた。
引き裂かれたベッドや、ソファー、クッションからは中身がこぼれ、辺りを舞う。
狂気の破壊から数分が経ち、ようやく落ち着きを取り戻し、乱れた呼吸を整えながら、那覇は破壊を止め、後ろにある壁へよろよろと寄り掛かった。我に返った彼が目にしたものは、怒り任せに破壊された、形あるものの死骸だった。無数の破片が入り交じり、部屋を敷き詰めている。
「・・・くそっ」
落ち着きを取り戻した那覇は、ため息をつき、前髪をかきあげると、もう一度辺りを見回してうなだれた。
「妻よ、どこへ行った」
とその時である。突然、部屋にある扉型の窓が開き、強い風が中へ殴り込んできた。鍵が開いていたのだ。だが、それだけではいくら風が強いとはいえ、簡単に開くはずはない。那覇は呆然と埃が舞うのを眺めて、呟いた。
「まさか」
那覇の予想は当たっていた。
歩み寄った窓の外には、足跡がずっと向こうまで続いている。しかも、それは一人のものではなく、もう一つの足跡も一緒だった。
「奴か・・俺の忠告を無視しやがって」