ケイと圭介の事情(リレー完全編集版)-40
そんなケイに横にいた香織は苦笑しつつもステージは盛り上がりを見せながらスタートした。
ケイと香織のダブルボーカルの体制で臨んだステージは二人のルックスと歌唱力、観客の予想を上回る派手な動きで更なる盛り上がりを見せ順調なスタートをしたかに見えたのだった。
演奏も大したミスをすることなく順調に進んでいた時、それは起こったのだった。
ステージ中央にいるケイと香織に後ろにいた加奈子からインカムで指示が入った。
「ケイ、そこから二歩斜め後ろに。香織はそのまま前に出て」
加奈子の出した指示の意図がわからないまま指示に従う二人だったがすぐに移動した直後、頭上から何かが落ちてきた。
一瞬何事と思うケイだったが、自分の足元を見て何が起きたのかすぐに理解したのだ。
足元にあったのは破れた風船と大量の白い液体。
それは学内の掃除の時、床を磨くのにたまに使われている液体ワックスだった。
ワックス特有の匂いが気になるが今はそんなことを言ってる場合ではない。
ケイや加奈子、ドラムの幸司達は今のアクシデントを視認しているが、香織だけはステージの一番前にいたので現在のステージの惨状を把握していなかった。
それに香織がそのまま後ろに下がろうものならワックスに足を取られて倒れる危険も十分に考慮されるのだ。
「ケイ、香織のフォローよろしく」
加奈子が一言だけ言うとケイは慌てた。
しかし、この状況下の中でも演奏だけはみんなしっかり続けている。
加奈子の言葉の意味がいまいち理解出来なかった香織は振り向くことなく観客席に顔を向けたまま後ろに下がると最悪の展開がケイ達を襲った。
香織が足を滑らせたのである。
「キャッ!?」
香織の悲鳴と共に香織自身の身体のバランスが崩れたのだ。
香織の身体能力を考えれば今の状況で転倒しても頭を打ち付けたりすることはないというのはわかっているのだが、しかしステージの流れを止めてしまうのは確実だ。
冷静に考えればいくらでも理屈は出てくるがケイはそんな理屈よりも先に身体が動いていた。
ワックスで濡れた床に足を踏み入れ、そこで踏ん張りをかけると香織を抱き留めたのである。
「なっ……!?」
その光景に目を丸くしたのは観客だけでなく、この細工を施した美弥も同様であった。
事前に加奈子が用意したヘッドセットタイプのマイクが功を奏した。
両手がフリーの状態のケイは香織を抱き抱えたのである。
それはお姫様抱っこだった。
突然の事態に目をパチクリさせる香織にケイはウインクをするとそのまま香織を抱えてワックスで濡れた床をゆっくりと歩き出し被害の出ていない場所まで運ぶと丁寧に香織を降ろした。
その間の観客の盛り上がりもすごいものだった。
強いて言うなら美弥の策はケイの魅力を更に引き出してしまったのだ。
まあ、これは美弥がケイの正体を知らない故の失策でもある。
「なっ…!? なんなのあの人。あんな細身の身体でなんて馬鹿力してるのよ!? 信じられない……」
ケイが香織を抱き留めた光景を目の当たりにして目を丸くした美弥が正に茫然自失といった感じで立ち尽くしていた。
それとは正反対に観客席の興奮は最高潮に達していたのだった。
中にはその光景をデジカメや携帯のカメラで撮影する人もいて、中には当たり前の様に圭介の母や百合も混ざっていたのだ。
ふと目に入った母の嬉しそうな顔とニヤニヤと笑う奈津子にケイは後で何を言われるやらと嘆きそうになった。
こうして2‐Aのステージはアクシデントがあったものの、それが逆に観客にウケてしまい曲が終わった後には想像を越える歓声を受けたのだ。