空の唄〜U、砂の町〜-2
「ほら、このアメジストなんてあんたの目の色そのまんまだよ。彼女への土産なんかにどうだい?」
「いや、あの…」
世話になったため、ないがしろには出来ず、フードの陰りの中で紫苑の煌めきが右往左往する。
枝に引っ掛かり揺らめくアメジストの宝玉に圧倒されぬように燦然と輝くそれは、その少年そのものを表すように暖かく、柔らかい。
「今なら三割引の5000F(フロウ)で結構だよ」
とうとう身を乗り出し、少年との距離を狭めてきた老婆の、皺に占領された線のように細い瞳に見えないはずの閃光が突き刺さってきた気がしたその時。それは起こった。
「いってぇな!どこ見て歩いてんだよ、この愚民がぁ!!」
「すみません。すみません…」
業火のごとく蒔き上がった雄叫びが安らかな昼間の町に広がっていく。後に付いてきた小さな呟きはライオンを前にした小鹿のように語尾になるほど弱々しい。
寄り集まる人だかりの中からもその状況は定かだった。
「あ〜、またか…」
ぽつりと呟かれた老婆の口振りは、もはや見慣れた光景の飽き飽きしさを表している。
通りの端からは伺い難い中央付近に目を走らせていた少年は一欠片の疑念で老婆を振り返った。
「『また』って…」
「あんたが知ってるかどうかは知らんが、この町は貧富の差が激しい。そんなもんだから貧しい者が裕福な者にぶつかっただけで、ああやって騒ぎになるんじゃ」
「そんな!何で誰も助けないんですか!?」
まるで人伝いに聞いたような老婆の淡々とした物言いに、少年の熱い意思の籠った叫びが重なる。
先程とは反対に少年が露店にちりばめられた宝石を乗り越えて、顔を押し出す。しかしそれでも、顔を占める瞳の割合が増えた少年の形相を、老婆は孤独に垂れ下がる蜘蛛の糸を軽くあしらうように受け流す。
「助ける?馬鹿言っちゃいけねぇ。あの醜い猪声と熊のような体はガール・ヴァステロ。サースト随一の名家ヴァステロの嫡男だよ。
逆らおうものなら、一晩の内にたちまち町を追放されるだろうさ」
商人の気質は闇の中に急激に流され、町の古株婆さんの皮肉が皺という皺から溢れだしてきているようにさえ見えた。それは長年で積み上げられた暗黙の了解であるらしいが、尽き果てぬ苦渋と悔しさが見て取れた。それは知らず知らずの内の行いであるからこそ、心苦しい。
それはあの鳴り止まぬ怒号を取り囲む群衆にも言えることだ。
「見て見ぬ振りが一番なのさ―――って、兄ちゃん!?」
疾風が、老婆の乾いた砂漠上をさすらって、山の乾きを促進させた。
全てを引き連れて、淡灰色のそれは群衆の合間を縫って行くのが、細い視界にも確かと映っていた。