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『欠片(かけら)……』
【大人 恋愛小説】

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『欠片(かけら)……』-9

「韮崎と何かあったのか?」

不意に隣りの席から声がして横を向くと、軽く眉根を寄せて寿也があたしを見つめている。

「どうして?」

平静を装うように視線をディスプレイに戻してあたしは答えた。

「他の奴は気付いてないみたいだが、あいつずっとお前を見てるぜ?」
「珍しいわね。あなたがあたしのコトを気にするなんて。だけど、あなたには関係ないコトよ」
「まぁな……」

ポソリとつぶやいて寿也は視線を外す。お互いのプライベートには立ち入らない……それがあたし達の不可侵のルール。
あなたはあたしを抱いた手で彼女を抱き、あたしに触れた唇で彼女に愛を囁く。

狡(ずる)くて優しい大人の男。だから気になっていても彼は詮索などしない。世間話のように尋ねるまでが寿也の限界。

きっとこの微妙な隙間があたし達の関係そのものなんだろう。もどかしさを感じながらも、あたしはどこかでホッとしている自分を感じていた。

「先にお昼にするわ」

ちょうど仕事が一段落したあたしはそう言って席を立つ。最近、人込みを避ける為に時間をずらして昼食をとることが増えた気がする。

別に人が苦手な訳じゃなくて、不意にさらけ出してしまう無防備な表情を会社の人間に見られるのが嫌なんだ。

あの日の自分が惨めに思えて自分を変えたいと願った。そしてなりたい自分になったはずだった。だけどそれは偽りの仮面なのかもしれない。もう、本当のあたしがどんな顔をしているのか最近、わからなくなってきた気さえする……

なりたい自分になって、あたしは何を手に入れたんだろう。むしろ失ったモノの方が多いのかもしれない。

「重傷かな?こんなコトばかり考えてるなんて」

屋上へと続く階段を昇りながら、誰に聞かせるでもなくあたしはつぶやいた。



人気(ひとけ)がなく、どこか寒々しい屋上。最近、ここのベンチで昼食をとるのがあたしのお気に入り。もっとも九月も終わって日に日に肌寒さが増してきているから、いつまで続けられるかわからないけれど……

だけど、今日はベンチに先客がいた。俯いて携帯をいじりながらサンドイッチを頬張っている男性。見覚えのある姿、それは亘だった。彼は何かに夢中になっているのか、あたしが側まで近付いても全く気付く様子がない。

「隣に座ってもいいかしら?」
「え?……うわっ!!み、宮原さん!」

声をかけられて顔を上げた亘は、まるで幽霊でも見たみたいに引きつった表情で後ずさった。

「韮崎くん。そういうリアクションされると、さすがのあたしも傷つくんだけど」
「あ!すいません!突然声をかけられたから驚いちゃって……宮原さんもここで昼メシですか?俺はもう済んだから真ん中に座って下さい」

傍(かたわ)らのビニール袋を掴むと慌てたように亘は立ち上がる。だけど、あたしは見逃さなかった。彼の手にした袋にはまだ中身が入っていて食事中だったということに……


避けられている……


それがはっきりとわかることが、思った以上に辛いと初めて気付いた。軽い女と見られるコトに後悔なんて感じなかったはずなのに……


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