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『欠片(かけら)……』
【大人 恋愛小説】

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『欠片(かけら)……』-16

「悪いけど好みじゃないの、どいてちょうだい」

そういってあたしが脇を通り抜けようとすると、乱暴に腕を掴まれて壁に押し付けられた。凄むように近づけられた顔からは、きついアルコールの臭いがする。

「ざけんなよ。そっちから誘っておいて、今更オメェの都合なんか知ったこっちゃねぇんだ。嫌でも相手してもらうぜ。オラ来いよ!」
「痛っ!離してよ!大声出すわよ!!」
「構わねぇぜ。無理やりヤんのも嫌いじゃねぇからよ」

ハァハァと荒い息を吐きながら、なおも男は詰め寄った。

意見が通らなければ力づく……

これが男の本性なんだ。これも自業自得って奴ね。怪我する前に大人しくした方が身の為か……むしろ、荒々しくされた方が気持ちが紛れるかもしれないし……

そんなコトを考えてあたしが身体の力を抜くと、それに気付いた男は獲物を仕留めたかのような本能剥き出しの笑みを見せた。その時……

「おい!その人を離せ!」

突然、背後から声が響き掴み掛かってた男は声のする方を見るとつかの間、相手を品定めしてから口許に薄ら笑いを浮かべた。

「大人の時間を邪魔すんじゃねぇよガキ。安っぽい正義感は怪我の元だぜ?」

なんら動じる様子もなく男は薄ら笑いを崩さない。その余裕は男がかなり場慣れしている事を物語っていた。

「確かにガキさ。でも、あんたは知らないみたいだな。ガキは無鉄砲なんだぜ?」

自分を公然とガキだと肯定する相手に、男は軽く舌打ちをすると袋小路の路地へあたしを突き飛ばして男と対峙する。

「前菜がわりに軽く運動するか。後悔すんなよ?ガキ」

 男は拳を構えると軽くステップを踏み始めた。無駄の無い流れる動きが男の動作が付け焼き刃じゃないことを裏付ける。多分、かなり自信があるのだろう。

相手はあたしの位置からは街灯が当たらなくて顔がわからないけれど、そんな男の仕草を見ても少しも動揺しているように見えなかった。遊び人風の男の体が二、三度左右に揺れた後に軽く沈み、一気に踏み込むと同時に右腕が伸びていく……

その後の光景は速過ぎて、よくわからなかった。勢いをつけて殴り掛かった瞬間に相手の男がしゃがむとなぜか胸元を支点にグルリと宙返りをして遊び人は尻餅を付いていた。いつのまに掴んだのか、遊び人の胸元を掴みながら男は口を開いた。

「わかってると思うけど手加減したんだぜ?こうやって掴んでなかったら……わかるよな?」

しゃがんだままそういって男が手を離すと遊び人の頭がコンクリートに当たり鈍い音を立てた。

「続けるかい?次は手加減しないけどね」

見下ろしてそういう男に頭をさすりながら遊び人は立ち上がり、よろめきながら路地から立ち去っていく。その光景を呆然と見ていると男は何事もなかったように服の汚れを払ってこっちに歩いて来た。あたしが立ち上がれないまま数歩後ずさると男は再び口を開く。

「もう大丈夫ですよ。怪我してないですか?澪さん」

近付いた男の顔が街灯に照らされた時、緊張の解けたあたしの意識は不覚にもそのままブラックアウトしてしまった。


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