『欠片(かけら)……』-15
「随分と絡んでくるじゃないか。何が言いたいんだ?」
「お詫びで抱かれたなんて……あたしを馬鹿にしないで」
高ぶる気持ちと裏腹に低い声であたしはつぶやいた。寿也は一瞬、目を見開いた後に苦しげな表情で答える。
「そんなつもりじゃなかったが、お前にそう思わせてしまったなら……すまん」
「じゃあ、どんなつもりだったのよ?」
「ここで俺に言わせる気か?」
その静かな問い掛けにあたしは我に返った。ここは職場……深い呼吸を数度繰り返して気持ちを落ち着ける。
「感情的になりすぎたわ、ごめんなさい」
「どうしてもって言うなら後で話すが、お互いの為にはならないと思うぜ?」
「もういいの。全部終わったコトなんだから……蒸し返しても仕方ないんだし、あなたも忘れて」
再び訪れる重い空気があたし達を包んでいた。感情的に声を荒げてしまうのは、あたしも割り切れていないからかもしれないわね。ふと、あたしはそんなコトを考えていた。
仕事を終えて会社を出たあたしは、駅へ向かう人波に逆らうように繁華街へ歩いて行く。やる瀬ない気持ちに苛立ちが収まらなくて、とても素面(しらふ)じゃいられなかった。
「ふぅ……」
馴染みの店のカウンターで三杯目のカクテルグラスを空にしてあたしは溜息をついた。アルコールが思考を鈍らせて、あたしはやっと落ち着きを取り戻す。
これが現実逃避だってコトはわかってるけれど、こんな気分の時の過ごし方はいつもこうだ。そして無防備を装い、隙を見せていればそのうち男が寄って来る。
「お姉さん一人?よかったら俺と飲もうよ」
さっそく声が掛かり、あたしはちらりと横目で品定めをしてみた。はだけた胸元に派手なゴールドのネックレスを光らせた一見して遊び人とわかる男は、笑顔の裏に欲望をたぎらせた視線であたしを舐めまわしている。
「ありがとう。お誘い頂いて嬉しいんですけど今日は一人で飲みたい気分なの、ごめんなさい」
男なら誰でもいいってワケじゃない。あたしにだって選ぶ権利がある。ぎらぎらと激しくされるのも嫌いじゃないけど、今日はじっくりと癒してもらいたい気分……
本当に世の中って上手くいかないものね。こういう時に限ってそんな相手から声は掛からないんだから。
その後しばらく店にいたけれど、今日の気分にあった男は現れなかった。
「この辺が潮時ね。今日は帰るとするか……」
未練たらしく残ってるのも惨めだし、電車のあるうちに帰るのが得策よね。そんなコトを考えながらスツールを降りて数歩歩くと軽い目眩がして、思った以上にアルコールが回っているのを感じた。
そういえば今日もお昼を食べてなかったっけ……
会計を済ませて店の外で呼吸を整えていると、さっきの男が再び近寄って来た。
「まだ帰るには早いだろ?なぁ、俺と遊ぼうぜ」
「残念だけど今日は帰るの。また機会があったらね」
「お高く止まんなよ。どうせヤる相手を探してたんだろ?満足させてやるよ」
なんとも、ストレートな台詞。はっきりした言い方は好きだけど、自信過剰な男は嫌いなの。