夢の雫-2
「おかしいと思わないか?」
重田のその言葉を聞き、神山は思わず吹き出した。
「何を今さら。まず無差別殺人の時点でおかしいし、死因がわからないのもおかしい。
だからそもそも殺人というかすらも怪しいわけで、これだけおかしな要素があるんだ
からさ、それを今さら…」
「わかったわかった」
重田がそこで話を止めさせた。彼にとっては長々と説明されるのが面倒でしょうがないのだ。
「巻き込まれたりしないかなぁ」
「何を物騒なこと言ってんだよ」
「ビビってんのか?剛」
「あのなぁ、相手が何かわからない以上ビビるのは当たり前だろ」
目の前には小さな交差点。
右に曲がれば、暗く人通りの少ない路地。ここからは閑静な住宅街が続きこの先に神山の住む家がある。
そしてこのまま真っ直ぐ行くところに重田の家がある。つまり二人はここでお別れというわけだ。
「おっと、ここでお別れか」
「そうだね。じゃあまた明日、剛」
「…」
重田は神山の後ろに広がる、暗闇を見た切り動かない。
何かの気配を彼は感じたのだ。それもあまり好ましくない気配を。
「剛。また明日」
「お、おうまた明日な」
やっと聞こえたらしく、重田はぎこちなく返事をした。
「気のせいか」
神山の背中を見送りながら、重田は小さく呟いた。
住宅の屋根の上、スーツ姿の男が暗い路地に目を向けている。
男の名は神柳浄、30越えたいい年したおっさんである。
とはいえ、見た目はまんま好青年で誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化しの利くほど端正な顔立ちをしており、一目見ただけでは実年齢はわからない。
「気づかれました」
神柳が少し残念そうに言った。
「お言葉ですが、浄様あの男が気づいてるように瑞穂にはとても見えませんが」
そう言って、制服姿の少女、瑞穂は神山を指差した。
彼女の年は13才。たしかに夜民家の屋根に登っている事と、背の小ささを除けばいたって普通の中学生である。
「瑞穂、その男ではありません。その後ろの男が我々に気づいているのです」
瑞穂は目を凝らして後ろの男、重田を見た。
その目はたしかにジッと神柳達の方を見ている。
それを見て瑞穂は僅かに、肩を震わせた。
「瑞穂、大丈夫です。彼はただの人間ですから我々の気配を察しているに過ぎません」
神柳が安心しろとばかりに瑞穂の頭を撫でる。
瑞穂は照れくさそうに俯いた。
「しかし浄様」
俯いた顔をふっとあげ、瑞穂は言った。
「ただの人間が気配だけでも気づくものでしょうか?」
「それではただの人間ではないのでしょう」
事も無げに神柳は言い放つ。
それが何の問題でもないように。
「じゃあ何なのです?」
「何であれ関係ありません。我々の目的は神山裕介の殺害ただ一つ、違いますか?」
「たしかにそうではありますが、あれをどうするのです?」
瑞穂は重田に目をやる。依然として彼はこちらを睨み付けている。
暗闇で見れていないとはいえ、あまりいい感じはしない。
「わかっています。異能者以外の殺害はしません」
「ではどうなさいますか?」
「我々と戦う気があるのなら、それなりの措置をとりましょう」
「御意」
神柳と瑞穂は屋根から飛び降りた。
そしてゆっくりと神山に向かい歩き出した。
「ん?」
黒い影が二つ、神山の少し前に降り立った気がした。
いや、確実に何かが降り立った。
(何だ、あれは)
重田は目を凝らすが、いかんせんこの暗闇のため、ぼんやりと人影が確認できる程度である。
ふと先ほどのニュースが頭によぎる。あの影が、連続殺人犯である確率は決して低くはないはずだ。
気づいたら走り出していた。神山のもとへ。