お手紙A-1
遂に渡してしまった―…。
どうやって学校まで登校したのかあまり思い出せない。でも、とにかくものすごい解放感と興奮、そして恥ずかしさが津波の如く押し寄せて、それを原動力にものすごい速さで自転車を漕ぐことができた。
「やったな奈津実!今日はウチと焼肉だ!」
手紙を渡した事を教室に入って真っ先に報告すると、親友の久美はそう言ってガッツポーズをした。
「てかアド書いたんでしょ?メールきた?」
「怖くて今日電源まだ入れてないんだ…」
どこまでも小心者の私。
「バカちん、早く見ろ」
と、久美が勝手に私の鞄の中を物色し始めたので、私は慌てて久美を押しのけて携帯を取り出した。
真っ暗なディスプレイを睨みつけ心の中で念じながら電源を入れる。
…すると…
「メールあり 一件」
ぎくり、として久美に見られないようにさっと画面を見る。
見知らぬアド。
心拍数が一気に高まる。
題名 手紙ありがとう
私はかあっと頬に血が昇って、携帯片手にトイレの個室へとダッシュで駆け込んだ。(久美に絶対見せたくない!)
…だってこれは今まで他人だった、でもほんの30分前に他人でなくなった、私の大切な人のくれた大切なメールだもの。
鍵をかけて深呼吸して画面を見る…
K高1年の松田です。今朝はありがとうございました。びっくりしたけど嬉しかった。君の名前は?
何度も文章を読み、最後に一度だけ丹念にメールを眺めた。(あの人が私にお礼を言ってくれた。喜んでくれた。私に興味を持ってくれた…!)
「ジーザス!!」 …絶叫。ぼろぼろ涙がでてきてディスプレイの文字を歪ませた。 「ちょっと、泣いてんの!?フラれた!?」
バカちん、まだ告ってもいない。でも、いろんな想いがぐるぐる渦巻いて、涙が止まらなくて、私はしばらくトイレから出られなかった。
『私は瀬野奈津実です。手紙読んでくれてありがとう。突然こんなことしてすいませんでした。でも、本当嬉しいです。』『こんなの初めてだったからマヂ驚いたよ。奈津実ちゃんね。勇気あるね。』
「…何青春してんですか〜君達。」久美が私と松田君のメールを読みつつ菓子パンに食らいつき、ニヤニヤして言った。
「別に。でもちゃんとメールくれる人でよかった。」今までのメールの内容からすると、松田君は同い年で、中学の頃バレー部の部長をしていて、クラスでも委員会などに所属していて、とても活発な生徒だったようだ。
「ねえ…。こんなにいろんなこと頑張ってて、明るそうで優しくて…。私、なんか申し訳ない。」
唐突に私はそんなことを呟いた。
「…は!?」
「私なんかバカだし顔フツーだしそんなにいろいろ頑張ってないし…。なのにそんな自分と釣り合わない人を好きになって…。」
「急に何言ってんの。」
久美がシケた顔をする。私は松田君にメールを送って、携帯をバタンと閉じた。「だって、久美だったらどう思う?地味で、話したこともない男の子にいきなり手紙を渡されたら…。ひくでしょ。キモイって思うでしょ。」
一気に興奮のバロメータが下がっていく。
私はずっと、そのことを心配していた。私は中学の頃も彼氏なんかいなかったし、男子の方も私のことを好きになるハズがなかった。