夕日とホルマリン漬け-3
「…その時はじめて修一くんの顔を間近に感じて、あれ?って思ったの。その時はきっと気のせいだって自分に言い聞かせた。でも、なんとなく、意識しはじめたら、なんだか事あるごとに気になっちゃって、この変な感じを気のせいだって言って片付けることができなくなってた。」
…いったいどういうことだろう…?思考がだいぶ混乱してきた。三島はいっそう顔を赤らめている。赤くなった顔もまたかわいく、長く直視することは困難だった。
「…修一くんを目の前にするたびに、クラッとするような感覚に襲われて、もうだめだ、って思ったの。苦しくて苦しくて、今すぐにでもこの気持ちを伝えなきゃ、ってずっと思ってた。…でも、あたしなんかが修一くんに言ったら修一くん嫌がるかな、ってずっと悩んでて、言えずにいたの…。」
三島はそこまで一言ずつ丁寧に言い終わると、一度息を吐いた。
今や頬がトマトのような三島の顔を前に、僕の頭の中にはビートルズの“ALL YOU NEED IS LOVE”のイントロのファンファーレが流れはじめていた。
…LOVE.LOVE.LOVE…
三島が…あの三島が僕に告白しようとしている…!!科学室にいながら僕の目には一面のアルプスの平原と雲一つない青空が見えていた。
僕は今まで一生女の子とは縁のない人生を送るのだろうと確信し、あきらめていた。女の子とデートもせず、プリクラもとらず、手もつながず、いっしょにポテトを分け合ったりもせずに死んでいく人生がこの先に待っているものとそう信じていた。だが、そうではない。神様は僕のことをちゃんとみていてくれたのだ。こんな何の取り柄もなく目立たない僕にも、平等に愛は降り注ぐのだ。愛は地球を救う。WAR IS OVER.
今や、不確定な未来への期待を抑えてきたネガティブな理性も、どこかに吹き飛んでいた。
「別に僕は…何も嫌がらないよ…。なんだって言ってよ」
焦る気持ちを抑え、ゆっくりと一字一句発音していく。
「…うん。あのね、修一くん…」
早く、結論を聞きたい。心音がさらに増してゆく。言ってくれ。はやく、はやく…
まだためらっているようだった三島が、決心したように口を開いた。
「……息が臭いの」
「へっ?」
それは、なにか言葉を発した、というよりも、何か空気が抜けるように音が自然と漏れてしまったという感じだった。変に裏返って間抜けな声。ちょうど、短距離走のスタートダッシュで合図が鳴らずに前につんのめってしまった時のようだった。
いつのまにか“ALL YOU NEED IS LOVE”は鳴り止み、視界は気味の悪い放課後の科学室に戻っていた。