投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕日とホルマリン漬け
【青春 恋愛小説】

夕日とホルマリン漬けの最初へ 夕日とホルマリン漬け 3 夕日とホルマリン漬け 5 夕日とホルマリン漬けの最後へ

夕日とホルマリン漬け-4

「ごめんね、本当に…。こんなこと突然言って。でも、本当に耐えられなかったの」

彼女は少し照れたようにほほえんで言った。胸のわだかまりを吐き出したせいか、彼女は実に晴れやかな表情だ。


息?息…ですか?


未だ、僕の電卓並みの脳みそは、このハイスピードな状況に追い付くことができず、処理速度を完全にオーバーロードしてエラーを発していた。

茫然と立ち尽くしていた僕の目はもはや、どこにも焦点が定まっておらず、あさっての方向を仰いでいる。

外からは気持ち良くバットがボールを飛ばす、鋭い金属音が聞こえた。


「こまめに歯を磨いたりすれば十分予防できるらしいから、これからは気を付けてね。口臭って自分は気付かなくても周りの人は敏感に気付くものだから。」

彼女は明るい声でそう言った。無邪気だ。全く汚れのない清らかなその心で僕の口臭を指摘している。

「…うん…うん…」

ぼくはかろうじて残っていた意識でただただ必死で頷いていた。滑稽な自分の姿を想像する余力も残ってはいなかった。

「じゃあ、修一くん。そういうことだから。あたし、このあと塾があるからもう行くね。今日はありがと。」

彼女はそれだけ言うと、いつもと変わらない麗しい姿で、小走りで科学室から退出しようとして、入り口のところでまた振り替えると、思い出したように付け足した。


「…本当にちゃんと直してね。じゃないとあたし修一くんとキスできないから」


髪をなびかせ走り去った放課後の廊下に響く彼女の足音が聞こえなくなっても、僕はそのまま茫然と立ち尽くしていた。もはや、かろうじて残っていた機能も、電源から完全に停止してしまったらしい。


夕暮れの科学室で、ばかみたいにプカプカ浮かんだ蛙のホルマリン漬けを、僕はずっと、ばかみたいに眺め続けていた。


END


夕日とホルマリン漬けの最初へ 夕日とホルマリン漬け 3 夕日とホルマリン漬け 5 夕日とホルマリン漬けの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前