雪の舞散る世界-1
突然、雨が疾駆のごとく降り始めた。
妻はコタツに体をうずくめて歌番組を見ている。僕は歌には全く興味がなくただ黙々と小説を読んでいるため本来僕らに生じる静寂は、テレビから流れる有名アーティストのクリスマスソングで満たされる。
「ちょっと、アナタ。みかんが無くなっちゃったから取ってきてよ」
妻は出不精なので度々こう言ってよく僕を使う。
はいはい、と僕は台所に向かう。途中、何気なくカレンダーを見ると『12月24日』クリスマスイブである事に気づいた。
「やあ、もうクリスマスイブかぁ。」
数年前だったらクリスマスイブには必ず妻と外食して、東京タワーからの夜景に浸りロマンチックを感じたものだが、それが今ではコタツにみかん。鬱蒼とした結婚生活に歳をとったと思わずにはいられない。
どれ……久々に紅茶でも淹れてあげようかと僕はお揃いのティーカップを探し始める。都内の三ツ星レストランやタワーからの絶景には負けるが、昔喫茶店でバイトしていた事もあり味には自信があった。
食器棚から夫婦愛用のカップを取ろうとした時。ふと見慣れないティーカップを見つけた。それは棚の奥に杜撰に置かれ、少し埃を被っていた。だがそれも手に取りよくよく見ると桜や紅葉、クリスマスツリーなど四季のイラストが載っている愛嬌のある物だとわかった。
このティーカップどこかで……。
みかんを居間に運び。自分もコタツに入った所でようやく思い出した。
そうだ。さっきのティーカップはあの時の……
小学五年の春。予想通りクラス替えが行われた事で、四月の複雑な心情をより一層憂鬱に誘う。
この頃、僕はどことなく感じる焦燥感を騙くらかそうと、学級委員に立候補して日々揚々としていた。
たが教室から見える桜が満開を迎え、花がひらひらと散ってゆく景観に寂寥を感じずにはいられなかった。
そして木々が緑の葉で満たされた五月になると僕は学級委員の仕事などすっぽかして、もう一人学級委員の女子に全く依存していた。
学級委員としての役割を忘却の彼方に追いやり、集会をサボって友達と遊び呆けた。だがそれも夕方になると次第に心が痛み始めて、暗くなり家に着いた頃には罪悪感で夕食がうまく喉を通らなかった。
「学校で何かあったの?」
そう母親は僕を気遣ってくれたが、無言で首を横に振りその日は早めに布団に入った。
こんな茫漠とした日々に、清風のごとく現れたのが優子だった。
ある日の朝、友達のヒロキと教室の後ろで箒をバットに見立て野球をしていた時のことだ。転がったゴムボールを取りに行こうと廊下に出ると、そこには小学校には場違いな、上下グレーで赤いリボンが特徴的な制服を着た女生徒がいた。
「五年一組はここですか?」
彼女は目立った訛りもない丁寧な口調で僕にそう言った。
「そうだけど……。」
僕はその一言だけで手一杯だった。一目見た瞬間から彼女は優秀な才女の薫りを感じた。肌は白く目はくっきりとして、黒髪は長く繊細だった。
「ありがとう」
僕に微笑みを返してその場を去った。