雪の舞散る世界-3
言い知れない不安が僕の頭を常にループしていた。
結局、傘の件は言い出せないままその日の学校を終えた。だが不思議と朝会でも無くなった傘の話題は出なかった。
次の日もまた次の日も傘の話題は耳にすらしなかった。
ひょっとしたら優子は傘のことを黙ってくれていたのかもしれない。そう思うとなんだか優子に貸しができてしまったようで、後ろめたさが残った。
しかし、彼女が負った傷心を考えると、やはり僕が直に謝ることが唯一の贖罪のように感じる。
心にかける迷いを拭えぬまま時は過ぎていった。
十二月のある日。僕は母に豆腐を頼まれ、一人で雪降る町を歩いていた。
豆腐屋の前で何斤かを箱詰めにしてもらっている時のこと。僕がとめどなく降る雪を不思議そうに眺めいると、偶然遠くを歩いている優子を見つけた。
「あっ」と思い。
はい、とおばさんが差し出した豆腐を受け取らずに「すいません。あとで取りに来ますから」と言って、僕は急ぎ足で優子の元へと向かった。
「やあ、今日は買い物?」
僕は何気なく話しかけた。彼女と二人きりで話すチャンスなんて滅多にない。
「あら、偶然ね。私はケーキを買いに来たの」
優子は素っ気なく答えた。
「へえ、今日は誰かの誕生日か?」優子の顔を見ていると寒さを忘れた。僕は照れ隠しに空を見上げて言った。
「ううん、今日はクリスマスじゃない。だからクリスマスケーキを買いに来たの。」
そうか、クリスマス…。僕の家ではハイカラ嫌いな厳格な父のせいで、毎年のそんな行事気にもかけなかった。
「あっクリスマスか。じゃあ同じだ。僕もケーキを買いに来たんさ」
「そっかあ。じゃあ一緒に行きましょうよ」
優子は微笑みながらそう言ってくれた。とにかく優子といっしょにいる時間が長く取れて嬉しかった。
「うん。にしても年の最後にこうやってお前と会えて嬉しかったよ。」
緊張がとけて素直に言えた気がした。
優子は苦笑いとも取れる表情を僕に向けて「私も」と確かな口調でそう言ってくれた。
その後、僕らが交わした会話はよく覚えてはいない。日常的なたわいもない話しだった気がする。ケーキを買って別れ、寒さが一段と強まって来たため一目散に家に帰った。
帰宅してすぐ母から「遅かったねえ、あら豆腐はどうしたの?」と聞かれたが、僕は黙って部屋に篭もった。