T〜港町に咲くインカルビレア〜-6
-翌朝-
「おふぁよう…ございま…すぅ…zzz」
「おはよう、ティアちゃん。なんだか眠そうね?ちょっと早すぎたかしら?」
「まさかこんなに早いとは…村の朝も結構早かったので、大丈夫かと思ったんですけど……すぅ…」
現在の時刻 4時30分
もちろんA.M.だ。
何故こんな時間に起きたのかというと、今から花を仕入れるために朝市に行くからだ。
「それじゃあ行きましょう」
競りが行われる朝市は早朝だというのに大勢の人がいてすごい熱気だった。
あちこちで花を競り落とす声が飛び交っている。
そしてクィレルさんも競りに参加し始め、周りの男の人達に負けないくらいに声を張り上げて次々と目的の花を競り落としていく。
「すごい…かっこいい…」
「ティアちゃんにもいずれやってもらうからやり方とか覚えておいてね」
「は、はい!」
およそ2時間後私達(全部クィレルさん)は目的の花々を全て競り落とし、帰宅することになった。
「クィレルさん、競り落とした花はどうするんですか?こんなにたくさん持って帰れないですよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと運んでくれる人がいるから」
「あ、そうなんですか」
「ええ、店で開店準備をしていたら届けてくれるわ」「よかったあ〜こんなにたくさん持って帰らなくちゃいけないかと思いましたよ〜」
「ふふふ、ティアちゃんは面白いわね〜」
「面白くないですっ」
「あ、そうそう。帰ったらティアちゃんには店の奥の掃除をしてもらうからね」
「話をすりかえないでください〜!」
帰宅した私はクィレルさんに言われたように店の奥の掃除をしていた。
「クィレルさん、いい人なんだけどからかい癖があるっていうか…」
「ティアちゃん、ちょっと来てちょうだい〜!」
私が箒片手に一人ごちていると突然クィレルさんに呼ばれた。
「はーい、何ですか?っていうか誰ですか?」
呼ばれて行った所にはクィレルさんの他にもう一人、大きなダンボール箱を抱えた青年が立っていた。
歳は私よりも少し上くらい。
長身で短髪、細身だけど適度に筋肉の付いた身体、そして優しそうな瞳が特徴的な人だった。
「この人はさっき言ってた花を運んでくれる人よ」
「クィレルさん、その紹介の仕方はひどいですよ〜俺の本職は運び屋じゃなくて船乗りなんですから」
青年は箱を降ろしてクィレルさんに不平を洩らす。
そして今度は私の方を向き、右手を伸ばしてきた。
「はじめまして。俺はセシル=クラート。さっきも言ったけど一応船乗りなんだ。ま、見習いだけどね」
「は、は、は…はじ…はじめ…」
あれっ?
おかしい…
声が出て来ない…
「はじめまして」って言おうとしてるだけなのに…
それに彼の目に見つめられているだけでなんだか胸が苦しくなってきて、顔も熱くなってきて、彼の顔をまともに見ることができない。
どうしちゃったんだろう私…
「は、はじめましてっ!ティア=ルクセンバルトですっ!」
私はどうにかそれだけを早口で言うと踵を返して一目散に店の奥に駆け込んだ。
駆け出す前に目についたインカルビレアは花弁についた朝露に春の柔らかな陽光を浴びてキラキラと輝いていた…