続・Poor Clown-1
人間の心も案外単純なものではないのだと、なかなか点かないライターに苛立ちながらも冷静に思う。
時代の流れに淘汰されようとしている商店街は、闇の中で微かな街灯に照らされるだけで、より一層わびしく見えた。それでも今の僕にはこのくらいの静寂が気持ち良かった。
『私、ずっと先輩のことが好きやったんですよ』
駅の改札前。僕の腕を両手で掴んだ彼女がおもむろに彼女が紡ぎ出したのはあまりにありふれた科白。それでも彼女は僕の目を真っ直ぐに見据えてそう言った。
「別に返事なんていりません。ただ、あたしが言いたかっただけなんで」
僕の腕を掴んだままそう言う彼女の眼鏡の奥の瞳が揺れているのを僕は見逃さなかった。
彼女は僕の後輩。性別は女。はっきりと物を言うさばさばとした性格。いつも怒っているような印象は多分僕の偏見。それでもいかなることにも手を抜くことがない、ある意味では正直な女。もし辞書に彼女の名を加えるのであれば、僕はそう書き込むだろう。
彼女は、その性格からか誰からも嫌われることはなかった。──とは言え、僕は彼女の言の葉のところどころに巧妙に隠された刺に何度か刺されたことがあり、苦手に思った時期もあったのだが。今ではそういったことも苦笑いの対象にしかならない。
震える右手でようやく点けた煙草の煙を、僕は濃い藍色の空に向かって思い切り吐き出した。苛立ちに任せ、この自分の煮え切らなさも吐き出してしまいたかった。しかし、嘲笑うかのように煙は長く尾を引いて寒空の空気に溶けていった。その後を白い吐息が追った。どこからどこまでがどちらなのかは判別できない。
一年。
それは人間が変わるのには十分な時間なのだとつくづく思う。
一年前の今頃は煙草など毛嫌いしていたというのに。
一年前の今頃は届かない想いが煩悶を募らせていたというのに。
年齢以上のものを重ねてしまった自分が酷く年寄り臭く見えて、思わず鼻を鳴らした。
気付いていないわけではなかった。ある時期を境に彼女がどこかよそよそしく、それでも気付けば僕の周りのどこかにいた。僕だって人の子である。『想い』のベクトルが誰から誰に向かって伸びていたのかはわかっているつもりだった。
それでも自分から彼女の想いに応えようとはしなかったと知れば、彼女は僕を軽蔑するのだろうか。
失くしたはずの心が疼く。
それは叱責か、戒めか、それとも──。