子羊の悩ましい日々 〜歓迎会〜-2
その者の姿からロイは目を離せない。ロイにとって、身近な存在のひとつであるからだ。声と同じく、凛とした表情を浮かべた顔は美しい。腰まで届く長い銀髪は川のせせらぎのように美しくなびいてい。衣装は腰布と、豊満な胸をかろうじて隠す薄布のみで、腕には無数の腕輪を身につけている。だが何よりの特徴は、牛のような二本の角と、額にある第三の目。
「大地の乙女(アーシュリア)……」
ロイは思わずその名を声に出していた。地母神ラーナに仕える聖霊の名を。
「まさか……そんな……」
「いかにも。私は母なるラーナ神に仕える大地の乙女、サラである」
「…………!」
ロイは絶句する。疑いはしない。彼女から発せられる気に、祈りで感じる神の存在に近しいものがあることに気づいていたからだ。
「ロイ司祭」
この場にそぐわないやわらかなソフィアの声でロイは現実に帰る。見れば、ソフィアはサラに対して跪いている。はっとした表情になると、ロイは慌ててソフィアと同じように跪く。
「お、お初にお目にかかります! わ、私は……っ痛!?」
気が動転して、思わずロイは舌を噛んでしまった。じんわりと血が滲み出る中、自らの失態と口内の痛みに情けない表情を浮かべる。
「ふむ、さすがに驚いてしまったようだな」
凛とした表情を少しゆるめ、サラはロイの目の前にやってくる。同年代の中でも小柄なロイに対して並の男性より背が高いサラは、ロイの顔を両手でそっと支えると、かがむようにして一気にロイの唇を奪う。
「んんんん――!!??」
あまりの事態に、ロイは目を剥いて手足を子供のようにばたつかせる。実際ちょっと前までは子供と呼んで差し支えないような年齢ではあるが。
「ん……ちゅ……ちゅっちゅっちゅっちゅっ……じゅっ……」
目を白黒させているロイを尻目に、サラは赤くやや長い舌をロイの口中に割り入らせ、ロイの傷ついた舌を直接舐めあげる。
周りの多くが女性という環境でいたロイだが、性的な体験はこれまで皆無であった。ファーストキスだけでも頭が真っ白になるような出来事だというのに、自分の舌にからむ熱くぬめったサラの舌の味わいに、ただただ身を堅くするだけであった。
「じゅ……ちゅる……ちゅ……ん……いい味の血だ……とても濃い……」
サラの赤い舌は、ロイの血でわずかにさらに赤くなっている。
「……あ、あの……!?」
顔を真っ赤にしたロイはただそれだけしか言えなかった。周囲からクスクスという笑い声がいくつも聞こえてくるが、それに気づく余裕はない。
「ふむ、これが子羊の血か……」
その言葉にロイは一瞬怪訝そうな表情になるが、それは非礼と思いすぐに表面だけでも取り繕う。
それを見たサラは、再び凛とした表情になる。
「ロイ司祭、お前を呼んだのはほかでもない。お前にはラーナ神に仕える司祭として重要な仕事をしてもらう」
サラの言葉にロイは表情を引き締める。何といっても、神に直接仕える聖霊の言葉である。
「今、お前は不思議に思っているはずだ。なぜモンスターがこの場にいるのだと。その答えこそが、お前の仕事に深く関係しているのだ」
ロイはその言葉に驚いた。人間とモンスターの一般における認識は、人間に害をなす存在、あるいは相容れないもの、というものである。ラーナ神に仕える者は、同じ大地に生きるものとして互いを尊重するという教えによってそうした認識からある程度自由であるものの、やはり人間とモンスターは違うものであり、そのモンスターがよりによって自分の仕事と深く関係しているなどとは想像の範囲外のことであるのだ。
「それはどういう――」
「ロイ司祭、ここにいるモンスターたちを見て何かに気づかないか?」
その言葉に、初めてロイは周囲のモンスターをよく見回してみた。先ほどまでは、サラという大地の乙女の存在とモンスターに対する恐怖感とで、とてもではないが周囲に目を配る余裕などなかったからだ。
ロイが目を向けると、モンスターは気さくに手を振ったり、笑いかけてきたり、顔を赤くしたり、値踏みするような目で見たり……。
「ん?」
さしたる時間がかからぬうちに、ロイはあることに気づいた。
「全員、人間に近い姿……それに女性……」
そう。モンスターの種類は無数にあり、人間に近い姿のものがいれば、動物のような姿、植物のような姿、複数のものが混ざったような姿、形自体が不安定なものなど千差万別だ。性別も男女のみならず、両性や無性のものも存在する。
しかし、この場にいるモンスターは全員人間に近い姿をしている。中には半身が蛇であったり腕や頭が複数ある者もいたが、それでもモンスターの中では人間に近い姿と言えるだろう。そして、この場にいるモンスター全てが女性であった。