Mirage〜4th.Weakness-11
その女は、明らかに不機嫌な顔で僕を見ていた。
「あんた、しばらく見ぃひんうちにうちの教えを忘れてるみたいやな」
女──神崎香奈恵はそう言って手元の紅茶を啜った。
「女を待たすな、って中学に入る前から教えてたはずやで」
「そういや、香奈も女やってんな」
そう言い返すと、キッチンで自分の分の紅茶を用意していた僕に彼女は携帯電話を投げつけてきた。僕の。
「おい! 何をしとんねん! 大体、俺は時間通りに帰ってきたやろ。香奈がアホみたくはよ来てるのが悪いんやんけ」
そう。約束の2時ちょうどに僕は帰ってきた。にもかかわらず、彼女はいらいらしながらオートロックの目の前で僕の部屋のインターホンを鳴らし続けていたのだ。
「10分前行動は基本やろ。ガタガタ言うなや」
僕はため息を一つついてティーポットとカップを持ち上げた。
さて、この女の正体だが、何を隠そう僕の姉である。三歳年上の彼女は大学を卒業した後、関東のとある企業に就職していた。今日は久しぶりに関西圏に帰って来るということで実家に帰る前に僕のところに立ち寄ったといったところだ。
「ふむ」
我が姉は、紅茶をもう一口含み、感心したような声を上げた。
「紅茶入れるんはうまくなったみたいやな」
「アホか。シロップもミルクもそんだけ入れて紅茶の味も香りもあるか」
相変わらずな甘党。けれど、変わっていないのはそこだけではない。
「で、用件をとっとと聞かせてもらおうか」
僕は少し叱責するような口調で言った。
香奈はカップから口を離し、少し上目遣いで僕を見遣った後、長めに息を吐き出し、ソーサーに戻した。
「流石は我が弟。話が早いな」
「御託はいい。一体何の用やねん」
今度は言葉に少し敵意も織り交ぜて放つ。敵意と叱責。甘党の彼女にはあまりに不似合いの言葉ではあるが。
「帰りなさい」
彼女は早口でありながらはっきりと、僕が期待していた通りのセリフを吐き出した。
「あんた、もう今年帰らへんかったらもう三年やろ。電話も向こうから掛けな連絡の一つもせぇへん。もういいかげん戻ってやったらええやないの。お母さんもお父さんも待ってるで」
気持ちも分からんでもないけどな。
姉は激甘の紅茶をもう一度啜った。
三年。その数値の意味を、僕は上手く理解しきれない。長いといえば長いのだろう。けれど、あの土地へ帰るまでに要する時間として十分であったかどうかは極めて曖昧である。帰りたくない、というよりは帰る必要性を感じない、といった方が正しいのだろう。