■LOVE PHANTOM■八章■-2
「出て来い。貴様がそこにいることは分かっている」
しかし反応はない。
うっすらと暗い、曲がり角からは、何の音もしなければ、何の影も見当たらず、叶の言葉はすべて一方通行にすぎなかった。
しかし、叶が軽くため息をつき、何か気配を感じた方へと歩み寄ろうとした、その時である。
「そこには誰もいないぜ」
突然、背後から男の声が聞こえ、叶はぴたりと足を止めた。
振り返り、男を見る。
「誰だ貴様」
「・・・さぁ」
叶の殺気立った眼光に、男は、僅かでも怯んでいる様子はなく、そればかりか口元には笑みを浮かべ、余裕の表情を見せている。
肩までかかる長い髪に、ぐっと上がった眉毛、そして陰りのある顔から見せるその瞳は、叶のそれとよく似た、何かを強く求めている輝きをもっている、ただ一つ、決定的な違いを言えば、全身から沸き立つ、野生的な魅力だった。叶を冷たく鋭い剱と例えるなら、この男は確かに百獣の王、ライオンのイメージをもっている。
叶は静かに、ゆっくりと身構え、
「人間じゃないな」
男を睨む。
「人間だ。お前と同じ種の、な」
攻撃態勢に入った叶を見ながら、 両腕を組み、背を後ろの壁につけたまま、男は笑った。それはまるで、叶の突き刺さるような殺気を、横流ししているようである。
「ふざけるな。俺たちの血族は必ず、一人の子孫しか残さなかったはず」
「・・・知っている。お前が最後の血族だ」
態勢はそのままに、男は真顔で言った。
「残念だが、俺はヴラド・ツェペシュの子孫じゃない」
その言葉を聞いたとたん、叶の顔色が変わった。驚きと動揺を隠せない様子で、歯を食いしばり、拳を強く握り締める。
「なぜ俺のことを知っている。それに貴様の体からは俺と同じ匂いがする」
叶は言った。
「自分の拳で聞いてきたらどうだ。それとも怖いか」
男は叶を小馬鹿にするような目付きで言った。
「何だと?」
困惑する叶を前に、男は不適な笑みを、顔中に滲み出した。この余裕が、どこからくるのかは分からない。しかし、その態度から叶は、本能的に男の実力の程を肌で感じ取っていた。
奴は猛獣のように力強く、風のように速い。そして何よりも、自分と同種の者だ。
これが叶の出した答えである。
男はいたずらに笑い、寄り掛かっていた壁から体を離し、それに合わせるかように、叶は男との距離を置き、呼吸を整える。
「名前は」
叶が聞いた。
男は少し間をあけ、
「那覇だ・・この時代ではな」
抵抗があるのか、ためらうようにして答えた。
だがそう思った次の瞬間、那覇の姿はその場から消え、一直線に叶へと向かっていた。それは以前相手にした、不良たちの速さとは桁違いに速く、そして叶の予想からも外れるほどのスピードだった。
「くっ!」
突然の襲撃に叶は、避けることも不可能になり、とっさに那覇に向かって右手を突き出した。しかしそれは那覇によって、スルリとかわされ、逆に那覇が突き出した右手によって、叶は後ろにある壁へと、体をを打ち付けた。衝撃は体中を伝い、その激痛は、叫びに変わる。しかし、その痛みをこらえる暇も無く、那覇の次の攻撃が繰り出され、叶は必死に態勢を整えた。が、すでに遅く、叶は再び後ろの壁へと、全身を強く打ち付け、小さく呻き、両膝を地面についた。呼吸は一気に冷たくなり、顎が上がる。
叶の瞳から、闘争心の色は愕然と消えうせ、その傷ついた体は、ゆっくりと倒れ込もうとした、その時。那覇が叶の髪の毛をつかみ、
「それでおしまいか情けないな」
唸るように言うと、叶の頭を、アスファルトの真っ黒な地面へと叩きつけ、動けない彼の腹をつま先で、強く、蹴りあげた。何かが破裂したような、鈍い音が叶を襲い。なすすべもなく、ゴミの様に道端にころがる。