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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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パシリと文学部と冷静男-7

「うわあっ、確かにこいつは色々キツイな」
 そこで長谷部は五十嵐の方へ顔を向け、怪訝そうな顔で、
「そうか? 私も飲んだことはあるが不味くはなかったと思うよ」
「すげぇ味覚だな。ま、でもこの不味さのおかげで栗花落たちがちょっと席を外したから、お前が好きなだけ落ち込めるんだもんな。感謝しとかないとか」
「私は別に落ち込んでなどいない――、と言いたいところだがな、そこまで解っているお前に意地を張る必要もないか」
「お、めずらしく素直」
「私はいつも素直だよ。自分の心に対してね」
「だから強がりたいときに強がってる、ってか。変なヤツだなぁ」
「変でけっこう。しかしまあ、アレだ。私だって人間なのだから辛いときだってあるわけで」
「へいへい。とにかく今は辛いんだろ?」
 苦笑を濃くしながら五十嵐は長谷部の背後へ。背中合わせに座ると、長谷部は何も言わずに背を預ける。広い背中だ。
「これでいいか?」
「ん、有り難い」
「栗花落たちが戻ってくるまでそんなに掛からないと思うぜ」
「別にいいさ。それだけで充分だ」
 声からでは無理しているかどうかの判別はつかないため、五十嵐は特に言い返さなかった。その代わりにと、
「だいたい一年ぶりか、こうするの。前はお前の実家のことがどうにかなったときだっけか」
 鼓膜だけでなく合わせた背からも直接振動が伝わってきて、くすぐったいような感触に長谷部は軽く身を揺らし、
「そうだね。あのくそ親父とようやくすべてが終わった時だった」
「荒れてたよな、あの頃は互いに。それに比べたらずいぶん変わったもんだ」
「確かにな。私は、ここでお前に会えて、さらに文学部にも入ってくれたことで本当に救われたと思っているよ。家の名を残すための部品になどなりたくはなかったからな」
「照れるようなことをよくそう簡単に……。ま、俺も同じだけどな。お前の悩みに比べたら、って自分の卑小さってやつに向き合わされた感じだ」
「当たり前だ。私を誰だと思っている。お前を救うぐらい訳もない」
 偉そうに言い、しかしトーンを落として、
「……まぁ、あの時お前が支えになってくれたのは事実だ。だからあの親父と縁を切れたようなものさ。本気になり引かぬことを選べたのは、きっと五十嵐のおかげだ」
「……普通にそうやって家のこと言えるようになったのも進歩なんかな。昔は口にするのも嫌がってたのにな」
「まあ、ね。身の置場のなかった当時は、そうなった原因に向き合うのは辛かったよ。しかし私には私として在ってもいい居場所ができた。あの家の者だの何だのといったものも関係なく居ていい場所だ。もうあの頃を必要以上に避けなくとも、そんなこともあったと過去のひとつとして見ることができる。私は今ここにいるからね」
「文学部か。……となると栗花落たちにも感謝しないとだよな」
「しているさ。完全完璧なまでにね。ふふ、栗花落くんたちも感謝されて悪い気はしまい。そして次も頑張ろうとなり、こうして絆は強くなるのさ」
「……素でそれを言ってるんだろうから勝てる気がしないな」
 五十嵐の言葉にあきれが混ざった。長谷部はそれを聞き逃さずに、
「おいおい、私に勝ってどうする。トップの私に勝ったら文学部以上の何かになってしまうだろうが。お前が文学部から居なくなると困る」
「あーはいはい。そいつはどうも有り難い話で」
「……私は本気で言っているのだけどね」
「解ってるけど、本気は消耗品だ。小出しにしないでとっとけ。もっと必要になるときがあるかもしれないだろ」
「――まったく、そういうところだけがお前の難点だよ」
「は? 何のことだ?」
「お前には感謝しているってことだよ。それ以上気にするな」
 続きの言葉を拒否するように缶を手に取ってひと口飲み、
「はは。確かに不味いなこれ。――だが本当に有り難い話だ、何もかもがね」


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