パシリと文学部と冷静男-6
「飲めるかこんなもん! と言うか全部一グループのか!?」
「そうですけど、え、何かまずかったですか?」
ふたりの会話を聞いていた遠矢とつばさは缶を開けようとした姿勢で止まる。そして自分たちが持つものの名称を確認してから、
「おいこら、変な笑顔で僕に手渡すな! 普通は崎守に返すだろこんな毒っ」
「え、な、何でですかせっかく買ってきたのに」
「本気でそう言ってるなら最悪だなお前」
「そんな、最悪も何も本気に決まって」
栗花落は崎守が口を開いた瞬間にあごを掴んで固定して、一気に5茶混ぜを流し込んだ。
崎守はそれを反射的に飲み込み、一瞬で顔色を無くし、次に顔面蒼白になり無言のまま走って屋内へと姿を消す。行く先はきっとトイレだろう。
「ったく、買う前にちゃんと考えろよ……。ああくそっ、舌がおかしい。別の買いに行くか」
「あ、だったら私も行ってあげる。いっちーひとりだと寂しくて泣いちゃうもんねっ」
「……ではわたくしも行きましょうか。ここに残されるのもある種の拷問ですからね」
とりあえず一年は全員行くことになった。長谷部と五十嵐の二年生コンビはどうだろうかと思ったが、聞いていたはずなのに何も言わず、ただ軽く手を振っただけだったので、栗花落たちは気にせず行くことにした。
◇
三人が出ていき、戸が閉まる音が響く。
しばらくふたりは互いに無言だったが、
「行ったな」
「行ったね。実に愉快な後輩たちだ。見ていて飽きない」
「そうだなぁ。確かに去年よりだいぶにぎやかになった」
「うむ。特に栗花落くんのおかげかもね。大宅くんや桜子くんも確かに場を盛り上げるのに貢献してくれていたが、彼が入ってからは相乗効果ですごいことになったね」
「本人は嫌がってるみたいだけどな」
「素直になれないお年頃なだけで、心のなかでは私たちに出会えた奇跡を喜んでいるんじゃないかな」
五十嵐は、かもなぁ、と間延びした声で答え、
「それにしてもお前さ、本当に相変わらず嘘つくのが下手だよな」
嘘という単語に長谷部はふっと目を細めた。素っ気なく明後日の方を向き、
「……何のことだ? さっぱり解らないね」
「さっきのことだよ」
「さっきとはいつだ。私の脳内には嘘を吐いたような記憶などないよ」
長谷部はかたくなに知らないと言い張る。だから五十嵐は肩をすくめ、
「先輩ぶってちょっと説教してみて、でも途中で昔の自分のこと思い出しちまって、それが気まずかったんだろ? だから誤魔化してからも黙ったままなんじゃねえの」
「何を。そんなわけあるまい。あれは少し皆の興味の引き方が悪かったのを反省していただけだ」
「何か言ったら泣きそうな顔でか?」
「神に誓ってそんな顔はしていないよ」
「無神論者のくせに。だったら何でそんなに焦って否定すんだよ」
言われて長谷部はようやく、自分が焦っていることに気が付いた。誤魔化すように咳払いをして、
「ふむ、五十嵐は曲解が好きなんだな。初めて知ったよ」
「長谷部こそ強がりが下手だ。相変わらず、な」
五十嵐は空を見上げながらひとつ伸びをした。
「本当、変わんねーな。一年前も屋上で俺に似たような説教たれて、やっぱり途中で勝手に落ち込んでたよな」
「……覚えていないよ、そんな大昔の話」
そう言いながら横を向く長谷部の顔がわずかに赤くなっているのを見つけ、五十嵐は苦笑する。
「ま、栗花落たちもめずらしいこともある程度にしか気にしてないだろうな。お前が思ってるほどお前の意見は影響力ねーよ」
「……それはそれでひどい事を言っているという自覚はあるのかな」
「本人の自覚なんて意味ねぇって。どんな言葉も口にしたんなら受け取るのは本人じゃなくて相手だぜ。自覚、無自覚に関係なく言われた側は思うことがあるだろうよ」
よく解んねえけどな、と言いながら、五十嵐は崎守が置いていった未開封だった茶を飲む。