パシリと文学部と冷静男-3
「……どこかの誰かがプリンソーダと餅入りヨーグルトなんてイロモノを頼んだせいだと思うんだがな。そんな危険物なんて売ってないだろ」
「いや、ちゃんと実在するよ。一(にのまえ)グループが新しく試験的に販売している品物だ」
「……あそこか。キワモノ会社の」
「市立図書館の近くにたまたま自販機を見つけたのでね。好奇心に従って飲んでみたのだが、これが妙に後を引く味なんだよ」
「……その商品名でも好奇心に従うなんて、いい度胸だな」
呆れを含んだ栗花落の声に、遠矢はあごに人差し指を当てて考えるようにしながら、
「そう言えば最近は食品部門にも手を伸ばしたのでしたっけ。さすが精密機器から輪ゴムまで扱う大企業ですね、チャレンジ精神が旺盛のようです。――試したくはないですけれど」
「確かキャッチフレーズは《無差別級のインパクトで勝負》だったか。ジャンルのひねくれ具合も無差別だから困る」
「そうかなー? 面白くていいと思うけど。この携帯も一製だよ」
つばさが取り出した携帯は見たところ普通のものだが、確かに“一”のマークが刻印されていた。
だがそれ以外には望遠用レンズも大型スピーカーも各種スイッチ類も無線ジャミング装置も十得ナイフも放電用の部分も見当たらない。
「どうも普通の携帯にしか見えないが」
「うん、でも中身がすごいんだよ。なんと、電話帳で設定した相手に、ランダムで背筋の冷えるような文章を届けるのですっ。アドレスもちゃんと偽造してくれるしね。納涼仕様なんだってさ。あ、ちなみに私のはいっちーのアドレスにしといたから」
栗花落はそれを確認してうなずき、
「よし解った、――今すぐ解除しろっ。最近やけに変なメールばかり来ると思ったらそれか」
「えーっ? だって楽しいし、ちゃんと涼しくなるでしょ」
「楽しいわけあるかっ。夜中に知らない相手からいきなり『今日は雨だった。明日は雪のちみぞれだったらお、お、おおおお俺が俺がキミかっ?』だぞ!? 違う意味で怖いっての。だから貸せ、お前がやらないなら僕がやる!」
「あっ、ダメだよ! いっちーのバカ、変態っ。女の子の携帯を勝手にのぞくなんてプライバシーの侵害だよっ」
「それは人の部屋を勝手にあさって物を持っていくやつの台詞じゃないな。いいから貸せ阿呆」
つばさの携帯を取り上げようと奮闘する栗花落と、それを阻止するつばさ。
じゃれあう猫のようなふたりを遠矢は楽しそうに眺め、
「あらあら、いつも熱々ですねー。本当にごちそうさまと言った感じですね」
「っ、悪かったなっ。何も見るな聞くな言うな」
「すなわち見られたくないほどすごいことをするぞ、という予告ですか? 楽しみですねっ!」
「黙れ阿呆。お前と話してると脳内がピンクに染まりそうだ」
「つまりもうかなりの割合で染まっているのですね。だったら何かもっと楽しいことを――」
栗花落は無視して携帯に集中し、かくして見事に取り上げた。しかし戦利品を開いたところで動きを止める。
「どうかしましたか?」
栗花落は一製携帯を握り締めたまま困ったように眉を寄せ、
「……設定の仕方が解らない」
「ぷっ。やっぱりいっちーは足りないねっ。そうだと思ってたんだー」
「……」
明らかな嘲笑にも栗花落は怒ったりはしなかった。無言のまま、つばさの頭を両手で挟むように掴む。
ん? とつばさが浮かべた疑問符は無視し、いきなりシェイク開始。
「う、あ、あ、あっ!?」
つばさがうめくが、無表情に揺する。
「じゃあバカじゃないお前に頼んでみるか。もしこの頭ん中がちゃんとしてるなら変な設定を解除しろ今すぐに」
淡々と命令しながら、無表情に揺する。
「やぁ、だ、あぅっ!」
何も言わずにスピードを上げた。なかなか楽しいかもしれない。
それでもまだ、無表情に揺する。