パシリと文学部と冷静男-2
日光に当たっているだけで汗がにじむほどの陽気だというのに、涼しげな表情からは暑さは感じない。
動きも軽やかで、テンションもいつも通り無駄に高めのようだ。
歓声をあげた長谷部はかかとを軸にクルリと半回転し、勢いを付けて座っている四人を指差した。
「さあ皆、今日という良き日を分かち合おうじゃないか! 私五割、残りを五人で等分だよ」
そのポーズのまま二秒停止して、しかし座る四人から返答はなった。さらに三秒、蝉の声を聞きながら何かしらの動きを待つ。
一向に動かない栗花落たちに痺れを切らした長谷部は首を傾げ、
「はて、皆どうかしたのかな。見たところいつもより元気が無いように思えるのだが」
「……むしろなんでアンタはそんなに元気なのか聞きたいが」
「何故? 何故かなんて簡単なことさ。夏、熱い陽射し、そして文学部。――そう文学部だ! 見事に青春を飾るものが揃っているじゃないか。健全な学生として、ここで盛り上がらなかったらいつ盛り上がれと言うんだい? はいまず栗花落くんから!」
栗花落は自分の処理能力を大きく越えたテンションに付いていけずに顔をしかめて、
「知るか」
「はは、熱い季節でも相変わらず冷淡だね。ゾクゾクきて未知の快感にハマりそうだよ。では次、桜子くんは」
矛先を向けられた遠矢は危険をやり過ごすために当たり障りのない笑顔を浮かべて、
「ええと、黙秘権を行使してもよろしいでしょうか。と言うかします」
「うんうん、ちゃんと宣言するなんて律儀だね。その折り目正しさも実に魅力的だよ。大宅くんもそう思うね?」
傍観していたところに急に話を振られたつばさは頭の切り替えが追い付かず慌てて、
「そ、そうですね! そうだと思ってました」
「ふふ、大宅くんは可愛いね。存分に愛でていたいがまた後で、だ。ちゃんと栗花落くんもセットにしなくてはならないしね。さあ五十嵐、皆の意見をまとめると?」
五十嵐はまったく話を聞いていなかったらしい長谷部から無茶を言われ困りながら、
「……誰も答えてないんだが」
「そう今! NOW! この時をおいて他には無いということだ」
皆が長谷部から視線を逸らした。
「まあ、いつものことですね。迷惑なことに」
「……いつも通りすぎて泣けてきたんだが。帰っていいか」
「だ、ダメだよそんなこと言っちゃ。ひとりじゃ寂しい痛い人だよっ」
「……諸君、声をひそめているところに悪いけれど、ばっちり聞こえているのだが。――つまり素直になれない照れ隠しだね?」
「ああ、それでいいからちょっと落ち着こうぜ? 一年も戸惑ってる」
それで納得したのか長谷部は静かになった。
「――それで、だ」
しかし三秒弱しか保たなかった。
遠矢と栗花落があからさまに嫌そうな顔をしても気にした様子はなく、背にしたフェンス越しに下を見ながら、
「遅いね買い出し係は。もう頼んでからだいぶ経ったような気がしてならないのだが」
買い出し係とは、つい先日、新たに入部した崎守のことだ。
彼はしょっちゅう長谷部にパシリとして扱われていた。今日も集まるなり、長谷部の命令で飲み物を買いに行かされている。なぜ逆らわないのかは栗花落たちも疑問に思ったが、楽だし本人も馴染んできたようだから黙っている。
その崎守がなぜ戻ってこないのかを考えながら栗花落はつぶやいた。理由はこれだとしか思えないものがあるのだ。