淫魔戦記 未緒&直人 3-12
伊織は、窓の外を振り仰ぐ。
「本契約を交わしていた訳でなし、そろそろあいつも俺を裏切るだろう……俺達の目的はただ一つ、お前を抱く事なんだからな」
窓の外に、信じられないほど大きな満月がかかっていた。
「今の俺はあいつにとって主ではなく、障害物だ。まあそれに関してはお互い様だが……現状は、俺がリードしている」
何一つ明かりのない、暗い部屋。
豪奢なベッドに横たえられた姿勢のままで、未緒は伊織を見つめていた。
逃げ出したいが、強烈なフェロモンを嗅いだ体は弛緩しきっていて起き上がる事どころか口を開いて喋る事すら難しく、わずかに顔の筋肉を動かす事のみが許されていた。
仮に体が動いたとしても、どこかの高級マンションらしいこの場所から途中で捕まる事なく逃げ出して誰かに助けを求めるなどという真似が、できるかどうかは疑わしい。
「未緒……俺の血を受け継ぐ唯一の娘。よくここまで、立派に育ってくれた」
近付いてきた伊織は、感極まったように未緒を抱きしめた。
「お前が生まれたあの日から、俺は一日たりともお前を忘れた事はなかった。ただ唯一にして最大の誤算はお前の母がお前を抱えて勘当同然に家を飛び出した時、お前達母子の消息を俺が掴めなくなってしまった事だ……。何が原因か分からなかったが、この街に来て分かったよ。神保家が長年に渡ってこの街に張り巡らしてきた結界が、お前達の存在を隠してしまっていたんだな」
滔々と喋りながら、伊織は未緒を生まれたままの姿にしていく。
「おかげでお前が年頃になるのを見計らって、人目に触れるモデルなんて商売を始めて、お前が接触してくるのを待つ作戦に出るしかなかった……」
愛しげに、伊織は唇を重ねてきた。
「もちろん、色々と追跡調査もしたんだぞ?それでも、見つけられなかった」
嫌がるそぶりを見せる未緒の唇を自らの舌で犯しながら、伊織は指を乳房に滑らせる。
なめらかで、掌に吸い付いてくるような質感。
中心にある薄い色の乳首をつまむと、娘の眉間に皺が寄った。
痛いのか、感じているのか……。
それを確かめるべく伊織は乳首に唇を寄せ……眉をしかめて部屋のドアの方を振り向いた。
「こんな時に……!」
いまいましげに舌打ちした次の瞬間、乱暴にドアが開かれる。
「伊織!!」
中に入ってきたのは、水無月哉子だった。
いかにも高級そうなガウンを羽織り、今は怒りで肩を震わせている。
「ひどいわ!この件が片付いたら真っ先に抱いてくれるという約束をしたじゃない!?」
−ここは、水無月哉子の所有するマンションだった。
直人も靄も、二人がここにいる事は知らない。
「その話は未緒を抱いてからだ」
「約束が違うわ!!」
哉子はガウンを脱ぎ捨てた。
顔から年齢の判別をするのは難しかったが、強力な補整下着の助けを得られない今なら年齢が分かる。
「あなたが短期間で一気にのし上がれたのは、私のバックアップがあったからよ!分かるでしょう!?さあ、その小娘より先に私を抱きなさい!!」
熟れ過ぎて崩れ始めた体のラインは、今体の下にある肉体に比べるとあまりにも魅力に乏しかった。
そして……伊織にとって今の哉子は、目的達成を邪魔する障害物でしかない。
伊織の瞳が、剣呑に光った。
ゆっくりと立ち上がり、哉子に近付く。
「伊織……」
自分を選んでくれたのかと、哉子は目を潤ませた。
だが。
「うるさい」
どぶっ
「えっ……?」
何が起きたのか分からないまま、哉子はずるりとくずおれる。
「俺の邪魔をするな」
伊織の手には紐状の繊維がいくつもぶら下がった握り拳ほどの大きさをしているものが、握られていた。
それはまだどくどくと、命の鼓動を刻んでいる。
くずおれた哉子の左胸には、ぽっかりと穴が開いていた。
「いっ……!!!?」
未緒の喉から、かろうじて声が漏れる。
「もう少し己の分をわきまえていれば、いくらか長生きできたものを……」
やがて動かなくなったそれを、伊織は無造作に壁へ叩き付けた。
べちゃっ、と汚らしい音をたてて、それは壁に染みを作る。
「ああ、うるさいから殺してしまったじゃないか……参ったな、娘との初夜に血で汚れた部屋は使いたくない」
掌にまとわりつく赤い液体を脱ぎ捨てられたガウンで拭いながら、伊織は結論を出す。
「……そうだ、あそこがある」
伊織は未緒に近付き、まだ弛緩しきっている体を抱き上げた。
「飛ぶぞ。少し我慢してくれ」