淫魔戦記 未緒&直人 2 〜覚醒〜-4
それからの数日は、平穏無事に過ぎていた。
変わった事といえば、未緒の体の匂いが強くなった事くらいである。
すれ違った時にふわりと香る程度だったものが、近付くだけで嗅げるようになった。
それは性別に関係なく人間を魅了する香りで、未緒と接近した者はまず例外なしに深く息を吸い込み、香りを堪能するのである。
未緒をホテルに連れ込んで抱くという僥倖を得た俊樹は、この現象に首を捻っていた。
「香水……じゃないよなあ?」
ふんふんと鼻を鳴らして立ちのぼる匂いを嗅ぎながら、俊樹は言う。
「やっぱり、体臭かあ」
「……そんなに匂う?」
「匂う」
どきっぱりと言われて、未緒は思わず自分の匂いを嗅いだ。
別に何も変わらない。
「気のせいでしょ」
そう言って俊樹の意見を一蹴すると、未緒は歩調を早めた。
家へ帰る途中だったが、何故か周囲の人間の注目を浴びている。
そのせいで、妙に居心地が悪い。
−未緒の事を気に入ったと言うのは嘘ではなかったらしく、あれからずっと俊樹は登下校の間中未緒の傍にいた。
とはいっても周囲に誤解を与えないように少し離れたりしている辺り、未緒に気を使っているようだ。
「気のせいじゃないんだけどなあ」
不満そうにぶちぶち言いながら、俊樹は未緒の横に並んだ。
上から見下ろすと、未緒のスタイルはひどくなまめかしい。
制服のブレザーは胸部分がバストでどんと張り出し、歩く度にゆさゆさと揺れている。
カップが大きいので自然とできてしまうブラウスの隙間からは、ブラジャーが覗けそうだ。
膝上丈のスカートから見える足は白く細くすべらかで、場所をわきまえずにむしゃぶりつきたくなるほどである。
俊樹は思わず呟いた。
「俺、ほんとにこいつとエッチしたのかなあ」
見る度に未緒と過ごした数時間の記憶が確かなのか、自信がなくなってくる。
たった……たった数日前の事なのに。
「……って、未緒。あそこに誰かいるぞ」
俊樹の言葉で、未緒は目をそちらに向けた。
母の由利子と住む賃貸マンションのロビーに、背の高い青年がいる。
青年の視線の先には、間違いなく自分がいた。
視線が合ったのに気が付いて、青年が立ち上がる。
「中西、さん……」
その青年−中西榊は一礼した。
「お話があって、お邪魔させていただきました」
「神保さんの?」
そう尋ねると、榊がうなずく。
未緒と傍にいる俊樹の方へ均等に目をやると、榊は言葉を選んで喋った。
「その……若が、いつ連絡があるかと気を揉んでいらっしゃったので、差し出がましいとは思いましたがこちらに伺った次第です」
「あ……」
未緒は顔を伏せた。
「すみません、余計な気を使わせて……」
「いえ、お忘れになられていなければそれでいいんです」
「何とか都合をつけて、直接連絡します」
「お願いします。何分にも若からは連絡をしづらい事ですので」
−榊が立ち去ると、俊樹は質問を浴びせてくる。
「今の男は何なんだ!?それに神保って、あの神保なのか!?だとしたら、一体何だってあそこと知り合いなんだ!?」
「ちょっと待って」
未緒は厳しい声で俊樹を制止した。
「あの人は中西榊さん。神保家の執事を勤めている人よ。私は色々あって、神保家で時々治療を受けているの。最近サボり気味だったから、中西さんが心配してわざわざここまで出向いて来てくれた……ただそれだけの話よ」
「とてもそんな雰囲気じゃなかった!」
俊樹の荒い語調に、未緒は眉を寄せる。
「信じるなら、それで構わないわ。でも……信じないなら、これで終わりよ」
「終わり?」
俊樹はきょとんっ、とした顔になる。
「もう二度と私に関わらないで」
「なっ……!」
「なら、信じて。お願い……だから」
消え入るような声でそう言う未緒の事を、俊樹は抱いた。
理由の分からない激情が、俊樹の中で荒れ狂っている。
「篁君……」
この数日間で初めてのボディコミュニケーションに未緒は驚いたが、そのまま身を任せた。
「……分かった。信じるよ……ごめん、声なんか荒げたりして」
「ありがとう……」
未緒は俊樹を軽く抱き返した。
「未緒」
「ん?」
顔を上げようとして……未緒は動きを止める。
「何をっ……!?」
皆まで言わさず、俊樹は唇を奪った。
「ん……」
未緒はわずかに抗ったが、すぐにおとなしくなる。
「……篁、君……」
未緒は俊樹にすがりついていた……。