淫魔戦記 未緒&直人 外伝 〜胎動〜-6
数時間後、神保家の玄関に四人の姿があった。
淫魔のハーフ、藤谷未緒。
その母、藤谷由利子。
平安時代から続く名家の若き当主、神保直人。
古くから神保家の執事を勤める家の出自で直人の腹心、中西榊。
「そうだ、藤谷さん」
別れの挨拶もそこそこに、直人は懐からメモを取り出した。
「これ、僕の携帯の電話番号とメールアドレス。何かあったら、ここに連絡してくれればいいから」
「……はい」
直人の行った『治療』を、母は知らない。
だから、『何か』という表現をしたのだろう。
「それでは……お世話になりました」
丁寧に頭を下げ、母子は去っていった。
「解決しましたか?」
運び込まれてきた未緒の状態を見ていただけに、榊はそう漏らす。
だが、直人の返答は違っていた。
「解決?とんでもない」
「何故?」
直人は榊の事を見上げた。
「霊感がないせいか……」
呟き、肩をすくめる。
「何でお前は歴史を勉強してこなかったんだ」
「は?」
「西洋では修道士なんかの聖職者に、禁欲を強いるだろ。そこに淫魔の付け込む隙がある」
榊はうなずいた。
「けど、日本には昔から『祭り』の風習がある。淫魔なんかが付け込む隙はないに等しいから、あいつらは主にヨーロッパで……」
「若。力説中に申し訳ありませんが、『祭り』が何か?」
直人は思わずつんのめった。
「……本当に……勉強し直してこい」
直人は榊を睨む。
「まあいい。祭りは神を祀るのと同時に、大人達の数少ない娯楽の場でもあった」
「娯楽?」
「セックス。神を祀った後は明かりを消し、大人総出で楽しんだんだ」
直人の目に、昔を懐かしむ気配が浮かぶ。
だがそれは、すぐに消えた。
「坊さんだって、実は生臭が多かったしな……とにかく、そんな風習のあるところで淫魔が付け込む隙なんかできるはずがない」
「なるほど……」
「つまり、藤谷未緒の父親はわざわざ日本にやってきたんだ」
直人は渋い表情になる。
「西洋系の悪魔がわざわざ日本に出向いてきて、子供を作った。一年後か、二年後か……近い将来、一波乱あるぞ」
直人の予測に、榊は身を震わせた。
榊自身は霊感を持たないが、実例は毎日間近で腐るほど見ている。
だから、直人の予測は現実のものになるだろうと確信した。
「ああそれと、榊」
「はい?」
「喉についた口紅は、ちゃんと拭いておけよ」
榊が何か言う前に、直人はさっさと行ってしまった。
「……しまった」
舌打ちして、榊は直人の後を追い掛けた……。