■LOVE PHANTOM■六章■-1
「ふーん。それは災難だったね」
チーズケーキを口へ運びながら、幸子が笑った。
「人事のように言わないでよ。危なかったんだから。叶が助けに来てくれなかったらどうなっていたか、想像するだけでも吐き気がしてくる」
紅茶を飲みながら、靜里はいじけ半分に言った。けれども、その表情は、言葉とは裏腹に、照れと至福の色がほどよく入り交じっている。
そんな靜里を見ながら幸子は、両肘をテーブルにつき、それに顎をのせて、呆れた様子でため息をついた。
「そのわりに嬉しそうじゃない?昨日は私をほっぽいてさ・・・。どれだけ心配したと思ってるの?」
「だから今日は“OZ”で、好きなもの食べてもいいよって言ってるじゃない」
身を乗り出してくる幸子を、両手で押さえながら靜里は笑った。
「白々しいなぁ。本当は叶と前より仲よくなったのが嬉しくて、それを話すために私を呼んだんでしょ。あーあ、やだやだやーだ」
幸子は、再び椅子へ腰を下ろすと、ぷうっと頬を膨らませて、首を大きく振った。
「そういうつもりで幸子を呼んだんじゃないよ、本当に悪いと思ってるからさぁ・・・ねっ?食べよう。全部おごるからさ」
そう言うと靜里は、そっぽを向いたまま動かない幸子の目の前に、メニューをちらつかせた。
けれども幸子は、ぴくりとも動かない。そればかりか、口を尖らせたまま、開こうともしなくなってしまった。
それを見ながら、今度は靜里が、呆れたというようにため息をついて言った。
「その横顔。昔から変わってないねぇ。幸子、怒るといっつも横向いたまま動かなくなるんだもん」
「・・・・・」
「昨日はごめん。ごめんなさい」
膨れている幸子に、手を合わせながら、深々と頭を下げて、 「許してくれるまで、
頭上げないから」
靜里は、そのまま動かなくなってしまった。幸子は、静かになった靜里へちらりと目をやり、その姿を見ると、こらえ切れないというふうに吹き出してしまった。
その笑い声を聞いた靜里は、分かってたというような顔付きで頭を上げる。
いつもそうだった。
幸子が機嫌を損ねると、いつも靜里は両手を合わせながら、拝むようにして頭を下げ、幸子が許すまで動こうとはせずじっと我慢する、それを見た幸子は、熱気を吹き出す鍋のように、突発的に笑い声を出してしまう。
この法則は、今も変わってはいない。
よじれそうな腹を抑えながら、吐き出す息と一緒に幸子は言った。
「靜里が頭を下げる時って、やっぱりおかしいや。何も拝まなくったっていいのにぃ」
言葉の帯は、ほとんど笑い声と交じってしまって、よく聞き取れず、靜里は「なに?」と、聞き返した。
けれど、その声も幸子には届いていない様子で、幸子は、靜里を無視したまま笑い転げる、本当に、口から、ゴシックになった声がそのまま出てくるのでは、というほどそれは激しく続く。
笑われている靜里本人は、拝んだだけで、何故こうまで笑われるのか、見当もつかないことだった。おそらく、他の者にしてみても、これは何の面白みもない行動のはずである。なのに、幸子に限って、こうまでうけるということは、彼女の特別なつぼを刺激したとしかいいようがない。
笑いながら、テーブルをたたく幸子を見ながら、靜里が言った。
「本当に昨日はごめんね」
すると幸子は、息を詰まらせ、激しく噎び泣きながらも、必死に優しい顔を作って見せた。
「気にしてないよ。怒ったなんてうそうそ」
元気のいい幸子を見ながら、靜里は、少し恥ずかしそうにして俯いた。何かもごもごと口を動かしているのが分かる。
「どうしたの」
そんな靜里をのぞき込むようにして、幸子は聞く。
「あのね・・突然で悪いんだけど、聞いてもらいたいことがあるの」
靜里は顔全体を赤らめ、口の両端は上を向いていた、が、目は笑っていない。
「実は・・・・」
心の中で勢いをつけたようにして、靜里が顔を上げる。
「ちょっ、ちょっと待って」
幸子がそれを止める。
「その前にメニュー・・注文するからさ」
そう言うと幸子は、メニューをひらひらと靜里の前に出した。靜里は、こくりと頷くと次に少し笑って見せた。
それを見ながら幸子は、小さく頷くと、マスターのいるカウンターへと声をかけた。
「すみませーん。チョコレートケーキとコーヒーとレモンのクッキー、あっ、それとナタデココのプリンもお願いしまーす」
「・・・・・・・・・」