H.S.D*14*-3
あたしは矢上に抱き締められていて気付かなかったけれど、矢上はその時、たった一粒だけ素直な涙を流していた。
暫くの間、あたしは泣いていたが、矢上を一人残して先に帰ってきた。矢上は明樹ちゃんにちゃんとさよならをしなければならないから。
あたしがいては邪魔だろう。それに、矢上のお父さんも来るらしかった。
月曜日、学校に矢上の姿は無かった。まぁ、無理もないだろう。あたしだって休みたかったぐらいだ。だけど、あたしよりも何倍も何百倍も矢上は辛いはず。あたしは、あたしなりに頑張らないといけない。矢上が充電している間、あたしはちゃんと自分の仕事をしなければならない。
火曜日、亜樹ちゃんのお葬式にあたしも出席した。と言っても、学校が終わってからだからお線香をあげる程度だったけれど。
そこに矢上の姿は無かった。あたしは矢上のお父さんに少し挨拶をして、亜樹ちゃんに手を合わすと、足早に帰宅した。
亜樹ちゃんの写真を見ていると、また泣き出してしまいそうだった。
水曜日の朝。教室に入ってすぐ矢上の姿を探したが見つけられなかった。
あたしはケータイを開いてメモリーから『矢上 瑞樹』の名前を探した。通話ボタンに手を掛け、少し心を落ち着かせてからゆっくり押した。
―が…。
押すのとほぼ同時に電話を自らの手で切った。
あたしが何を言っても安っぽい言葉にしかならないだろう。下手なことを言えば、矢上を余計に傷付けてしまう。ここは矢上が自分の気力で抜けなきゃいけないと思う。
その選択が正しいのかは分からないけれど、あたしにはただ待つことしかできない。
やっぱり木曜日も矢上は学校を休んだ。
来週の月曜日が文化祭本番だということで、放課後は慌ただしく動いている。
あたしたちの喫茶店はなかなか様になってきていた。鹿の剥製モドキは教室の広い壁にバンッと飾られ、それに合った装飾が教室中に施されていた。
不必要な机は別室に移動させ、教室の中央には机を何個か合わせて作られた大きな四角形に、深い赤のテーブルクロスが敷かれていた。更に、その机の中央にはなぜかサボテン。しかし意外にも、それがいい味を醸し出していた。
その周りにも何個か机を置き、座って食べれるようにした。
蛍光灯にもオレンジのセロハンを被せ、不思議な明るさがこの部屋にマッチしている。
みんなが気に入っているはずだ。
そんな中、ブチ切れ寸前の少女が一人…。
「ったくさぁ!何よ何よ、瑞樹はよぉ!!こんな時に連続休みなんて頭おかしいんじゃないの!?実行委員なんだから何があっても来いっつーのっ!」
あたしは苦笑いをしながら好美を宥めた。好美が怒るのも無理は無いけど、でも矢上は一杯一杯なんだ。明樹ちゃんのことをみんなに話せば、みんななら分かってくれるだろう。だけど、それはあたしの口から話すことじゃない。
もう少しだけ待ってね、好美…。
あたしは心の中で呟いた。