刃に心《第8話・開幕、是即開戦なり》-5
(兄貴)
霞が目で合図を送った。
だが観客とは違い、本人達には余裕があった。
(そろそろ締めるよ)
(OK)
疾風が返すと霞が苦無を振り下ろした。
それを受けると、疾風は苦無を巻き込むように回転させ、霞の手から苦無を弾く。
すぐに霞に向かい、手に持った苦無を投げる。霞が避けるのと同時に短刀を抜いて、胸元へ突き立てた。
「かはッ!そん…な…」
血糊が吹き出て、衣装のみならず疾風の顔をも濡らす。霞が膝から崩れ落ちた後、暗転。
数秒後、照らされた舞台には捕らわれた朧、そして疾風。
疾風は朧の身体に巻き付いた縄を解いた。
「骸丸…」
朧の口から吐息の様に漏れる艶やかな響き。
客席の空気が変わった。
(…何だよ…この視線…)
変わった場所は2か所。楓、千夜子と最前列の朧ファン。ピリピリと肌を刺すような視線。
(は、早く…済まそう)
疾風は朧の手を取り、抱き締めた。演技だと分かっていても、高鳴る心臓。
「…疾風さん…」
抱き締めた朧が囁いた。
「…私の台詞が先です」
途端に疾風の頭が真っ白になった。
あれ程練習をし、緊張を拭ったはずなのに、疾風は場の空気にいつの間にか飲まれていた。
(ど、どうしたら…)
仕事でもこんなことは珍しい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
(あの、馬鹿兄貴ぃ!)
舞台袖。出番を終えた霞が心の中で叫んだ。
周りも台詞違いに動揺が走る。
「落ち着いて、部長が何とかするから」
しかし、なだめる以外霞には何もできない。