痛みキャンディ5-1
許すこと。
それがおれにはできなかった。
記憶から消し去り、なかったこととして押し込んだ過去。
触れられない過去。
そして戻りたい、やり直せたらと思わせるいつかの昨日。
最近朝目が覚めると涙を流していることがある。
怖い夢を見たわけでもない。
悲しいわけでもない。
何か戻らないものが夢の中に出てきておれを呼んでいる。
それがなんなのか。
大切な部分はぼやけてしまいわからない。
あの懐かしい声は誰なのか。
おれは感情を忘れた。
正確には忘れていたと思い込んでいた。
そう思いたかった。
少しずつそれが思い出されてきた。
それは過去を受け入れること。
おれにとって最も恐ろしいこと。
病気も治りかけの朝。
クゥはいつものように、おれの枕元で跳ね回る。
おれの大切な家族。
たった一人の家族。
体調が悪かったので買い物も行けずクゥの食べるものもそろそろ底をついてしまう。
おれはスーパーへと出かけた。
歩いて10分。
いつもの道を何気なく歩く。
十字路の脇でシャベルカーが家を取り壊していた。
街の景色は少しずつ変わっていく。
誰も気が付かないうちに。誰にも気にも留められることなく。
ずいぶん商店街も変わってきた。
あそこにあった魚屋も今は高層マンションが威圧的に建っている。
その影が街を侵食していくようで気持ち悪かった。
変わらないものなんて何もない。
スーパーで必要な生活用品を買いそろえて帰宅する。
出来るかぎりスーパーなどに長居はしたくない。
そそくさと用を済ませては足早に去ってしまいたい。
少し重い買い物袋を提げてさっきの道を歩いていた。
シャベルカーの作業は終わったみたいだ。
昨日まで在ったはずの家はもう見る影もない。
そう変わらないものなんて何もないから。
その解体された跡地に中年の男性が哀しそうな瞳をしながらその跡地を眺めていた。
おれも足を止めそっと眺めてみた。