刃に心《第7話・舞台という名の戦場》-5
「これで如何です?」
差し出された台本は、最後の部分が書き替えられていた。
『骸丸、ただ黙って姫君と口づけを交わす』
「ざけんじゃねぇえ!!!!」
千夜子が台本を地面に叩き付けた。
「疾風さん、よろしくお願い致しますね♪私、初めてですから♪」
朧は疾風に向き直って、妖しく微笑む。そのあまりに蠱惑的な笑みに思わず疾風の顔も赤くなった。
「疾風、貴様も何を赤くなっておる!」
「あっ…いや…その…」
口ごもりながら、楓の気迫に後退り。
「…朧殿、ふざけておられるのか?」
楓が冷たい口調で朧を睨んだ。
「いいえ。私は本気です」
朧の顔から笑顔が消えた。今までふんわりと穏やかに緩んでいた瞳は、真っ直ぐに楓と千夜子を見据えた。
「私はこの場面にはこれが必要だと思ったから、このように書きました」
静かな口調。だが、有無を言わせぬ口調だった。
「私は色恋沙汰を舞台に持ち込むつもりなど、微塵もありません。ですが、私は演劇が好きです。
そのため、私は常に舞台をより良いものにしたいと考えています。それが叶うのなら、私は抱擁でも、口づけでも、何なら脱いでもかまいません。それで本当に舞台が素晴らしいものになるのなら」
怒るのではなかった。
諭すのでもなかった。
これは朧の演劇に対する正直な気持ち。
譲ることのできない、絶対の決意。
辺りは静寂に包まれた。
「何か異論は?」
「…そんな…婚前に…ふしだらな…」
数秒後、おずおずと楓が口を開いた。頬は真紅に染まり、目はキョロキョロと右往左往して落ち着かない。
「…くすっ♪くすくすくすくす…♪」
そんな楓の様子を見ながら、口許に手を当てくすくすと喉を鳴らして笑った。
「お、朧殿…?」
「す、すみません…つ、ついですね♪」
朧はますます破顔した。
「すみません。私もやり過ぎました♪口づけは冗談ですよ♪ごめんなさいね♪」
再びいつもの笑顔に戻った朧。
「ですが、抱擁は譲れません♪」
「…絶対ですか?」
「はい。絶対」
楓は朧から視線を外し、疾風に向けた。
「疾風…お前に誓ってもらいたい」
不意打ちを食らった疾風はビクッと身体を硬直させた。