伊藤美弥の悩み 〜受難〜-18
「で、先生。いったいどういうおつもりで、美弥にフェロモン薬なんか使ったんですか?」
パキポキと指の関節を鳴らしつつ、龍之介は尋ねた。
「いや、だから美弥に彼氏がいないのが不憫でさ」
実は肉弾戦なら校内でも五指に入る強さを秘めた龍之介が剣呑に指を鳴らしているという状況に、田坂稔は焦る。
ちなみに、全校生徒のみならず体育教師や部活のコーチといった、運動神経のよろしい面々を含めても、龍之介は五指に入る。
「あいにくですが、僕にそんな物は効きませんでした。僕は自分の意思で、美弥を獲得したんです」
「効かなかった!?」
「他の男性諸氏には効いたようですがね……僕には、さっぱり」
「そうか、効かなかったか……もしかして、君のフェロモン受容体に何か秘密が……むう、改良の余地が……」
何やら熱心に呟き始める稔のために、龍之介はもう一度指を鳴らしてやった。
「こんなくだらない人体実験のおかげで、美弥がどれほど苦労したかお分かりになってますか?」
「でも君と恋仲になれたんだから結果オーラ……」
ボキボキボキッ!
「すいませんもうしませんにどとみやをじっけんたいなんかにつかいません。だからあんまりてあらなまねはしないでほしいな、とかおもいました」
割と情けない。
「本当に、誓えます?」
「ちかいますちかいます」
ぷるぷるこくこく頷く稔の事を、龍之介は胡散臭げに眺め……ため息を一つついた。
「ま、信頼しておきましょう。ただし、今度先生の周囲で僕が注意を引かれるような出来事があったら……その時にどうなるかは、ご想像にお任せします」
「あぅ……」
「では、失礼。表に美弥を待たせていますので」
龍之介は踵を返し、部屋を出る。
「あ、龍之介」
表で待っていた美弥が、不思議そうな顔で出迎えた。
「何かここに用があったの?」
「まあ、色々とね」
歩き出した龍之介の横に並び、美弥は龍之介の手にそっと指を絡ませる。
「……何をしたの?」
「……少しばかりお灸を据えに、ね。大丈夫、美弥が心配するような事は何もないよ」
絡められた指を引き寄せ、龍之介は美弥にキスをした。
「……何するのよ」
いくら廊下に誰もいないとはいえ、美弥は赤面する。
「それより……今度の休み、家に来ない?」
「え?」
「うち、誰もいないんだ」
明らかなお誘い。
「……いいよ」
「じゃあ、家まで迎えに行くよ」
「うん」
休日の高崎家で何が起こったのかは……別の機会に語られる。
(かも知れない)