†マリア† act.1-1
――マリア様なら、僕の願い事を叶えてくれますか?――
気付いたらいつも俺、霜月翔(しもつきしょう)は此処に来ていた。寂びれた教会に。誰も居ない森の中、いつも一人で来ていた。そして今も……何かを祈らなければならない気がして……。
その昔、俺がまだ幼かった頃、その少女は教会に突然現れた。何の前触れも無く、風のように。
「キミ…だれ?」
思わず俺は声を掛けていた。少女はただ泣いているだけ。
「何故…泣いているの?」
「お母さんが…起きないの。わたしが笑ってるのに、お話するのに起きないの。マリア様にお願いすればきっとお母さんを起こしてくれる……。」
「キミのお母さんは…死んじゃったんじゃないの?」
「違うよ…違う、きっとマリア様にお願いすれば目覚めるの。そしてもう一度わたしに笑いかけてくれるんだから…きっと…」
小さな俺の瞳が涙を流す少女をみつめる。
「ねぇ、名前は何?」
「……―茉里亜……」
「そう、僕は霜月翔っていうんだ。」
俺がそういい終わるか終わらないかのうちに、彼女はその場を去ってしまった。その日から俺の目には彼女が焼き付いて離れない。
ふと、後ろで物音がした。ゆっくりと振り返る。
「こんにちわ。毎日お祈りに来てるよね。熱心な事。」
後ろから現れた彼女はそういって微笑む。俺は心の中で思う。”きっと…彼女だ。”と。でもまだ自信は無かった。昔、此処で出会った彼女は、泣き顔だった。笑顔なんて見た事がない。けれど、俺の中の彼女の笑顔は、今目の前に居るこの表情だったから…。
「…なんで毎日来てるって知ってるの?」
「だって毎日私もお祈りに来てるもの。」
「……え、でも俺…一度も貴女を見た事がない…」
「そうでしょうね。だっていつも私は貴方の後ろ姿を見てたんだもの。貴方、いつも同じ時間に来て、同じ時間此処に居て、同じ時間に帰ってたでしょう?微妙に私が来る時間とはずれていたから…」
彼女は再び俺に向かって微笑んだ。
確かに、今日の俺はどういうわけか、昔の事を考えたりして物思いに耽った分、いつもより長い時間此処にいたのかもしれない。だから今日は彼女と会えたのか…。
「あの…さ、名前何ていうの?」
俺は思い切って尋ねてみた。
「茉里亜。私は茉里亜っていうの。貴方は?」
「お、俺は翔…霜月翔って言うんだ。」
「そう。素敵な名前ね。…貴方とは…―一度会った事がある気がするのだけれども…私の思い違いかしら?」
彼女は首を傾けて呟いた。答えた方がいいのだろうか。あの日の事を言ったほうがいいのだろうか。そして俺の気持ちを言ったほうがいいのだろうか。
いや、言わないほうがいい。今はまだ…――。
「さぁ?思い違いですよ、きっと。では、俺はこれで……」
俺はその場を去ろうとした。
「待って!…貴方とまた会えるかしら?」
「え……」
思いも寄らない言葉。俺だけが彼女を想っていると思っていたのに。だって彼女は俺の事はっきりと分かっていないじゃないか。俺はずっとずっと頭に焼き付いて離れなかったのに。期待なんてさせないで。
「分からない…でも俺は毎日来てるから。この教会に。」
「そう、なら私も毎日来るわ。マリア様じゃなくって貴方に逢いに。」
それだけ言うと、彼女は俺の前から走り去った。なに……?どういうこと?マリア様に逢わずに俺に逢いにだって…?