butterfly-1
―私は別段ぜいたくをしてるつもりはない。ただ同世代のコが楽しむことは、すべて経験したい。それにはお金がかかるのよ。(都内大学生女子)―
「おはようございます」
ユウが声をかけると、青年はハッと身を起こした。
「やあ、おはよう。もうそんな時間かい」
太陽がまぶしいのか、青年はしきりに目をしばたかせた。
ユウはとびっきりの笑顔を返すと、邪魔にならないよう車体に近づいた。
「車、故障ですか」
青年につづいてトランクルームをのぞきこむ。横で彼が少し緊張したのがわかった。
「いや大丈夫だよ、たぶん」
青年は取り澄ました様子ではぐらかした。
車の調子がおかしくなるのは今回がはじめてではない。
ユウは意地悪く食い下がった。
「原因なんだったんですか。一回修理に出した方が……」
「若い女の子と一緒にいるからつむじを曲げたんだよ、きっと」
「なにそれ。私が来る前から、そうだったじゃん」
ユウは自然に笑い出していた。青年もつられて頬を緩める。
この名前も知らない青年と知り合って、どれくらいになるだろう。
共同駐車場を挟んだ両向かいのマンションにふたりは住んでいる。
彼は社会人、ユウは現役の大学生だ。
スーツ姿も初々しい彼はおそらくユウとそういくつも変わらない。だから話していても全く気後れはない。
最初は会えばあいさつをかわす程度の間柄だった。しかし、それが今では通勤通学前に必ず二言三言おしゃべりをするようになっている。
「じゃあ、お先です」
朝の日課を済ましたユウは、買ったばかりの愛車に乗り込んだ。
彼の年季の入った相棒とは違って、ぐずり出すことなどない。すぐにエンジンがかかった。
ボンネットを閉める音がした。足音が駆け寄ってくる。
彼だった。
何事かと思い、サイドウインドウを降ろした。
「新車?いつ買い換えたの?」
彼が矢継ぎ早の質問とともにのぞきこんできた。ユウは呆れながらも、笑みを浮かべた。
「納車は先週末だったから……」
「全然気づかんかった。良い車だねえ、俺のポンコツとは大ちがい」
「そうですか。でも、そっちの車綺麗にしてるじゃないですか」
「まあねえ、ボロなりに愛着があるから。それって、やっぱり親に金出してもらったの?」
「うん、まあ……いけないかな」
私の動揺を彼は見逃してくれなかった。たちまち顔が分別くさくなる。
「まあ、世の親どもは娘に変なバイトされるぐらいならって、ポンと金を出すんだろうなあ」
「変なバイト?」
「ん、それは置いといて……背伸びしたい年ごろだから心配なんだよ。特に君みたいだと」
「私みたいなタイプがなんですか」
「いや、君は可愛いからさ、親御さんもさぞ……あ、可愛いというのは親御さんからみての話で、世間一般では……」
「さっきからオヤジくさいよ」
「うるさいな、そんなに歳変わらないだろ」
私たちの会話はこんなふうにいつも他愛ない。
それでも彼の言葉の中から棘を探してしまうのは、私自身の後ろめたさのせい……。
笑いをおさめた彼が小鼻をかいた。最近見つけた彼の癖。