butterfly-6
薄暗い廊下に出た。
ひんやりとした風が頬に当たる。外気が髪を揺らしたため、少し直すことにした。
立ち止まると、落ちているゴミや埃が目に付いた。住人はあまり掃除には熱心ではないようだった。
何に使うのか、廃材のようなものまである。私はそれらを避けながら再び歩き出した。
「えーと204、204……」
そうつぶやく私の前に扉がある。
緊張で声が震えるのがわかる。唇が乾いていた。
相手の顔さえ見てしまえば。
自分にそう言い聞かせて、インターホンに手を伸ばそうとしたそのとき―。
いきなり内側からドアが開いた。
中からぬっと首が出てきた。
相手はそばで固まっている私を見ずに、私が来た方向に目をやった。
「コ、コンニチハ」
私はギクシャクと言葉を吐き出した。
もう夜中だよ。そう、突っ込んでもらいたかったが、相手は何も言わずに私を招き入れた。
毛が薄く下膨れ気味のその男は私を置きざりにして奥へ行こうとする。
「あ、あの……」
私は慌てて呼び止めた。
「チェ、チェンジなさいますか?その場合は……」
ユウはシャワーを使い終わると、バスタオルを体に巻いた。
どのみち、後ではずすことになるのだが、これは客に対する礼儀だ。
タオルの合わせ目を押さえながら、しずしずと部屋に入っていった。
男が薄い後頭部を見せながら、ベッドで横になっていた。どうやらテレビを観ていたらしい。
ユウの気配に振り向くと、こちらに体を向けた。
やはり男も腰にタオルを巻いていた。
テレビを気にするふりをしながらも、ユウのことを盗み見ている。
ユウはベッドに上がり、男の正面に座った。
「バタフライのユウです。よろしくお願いします」
ユウが膝をそろえてお辞儀をすると、相手も慌てて座り直した。
そんなに嫌な客じゃなさそうだ。仕草からユウはそう判断した。
ユウのお店では通常、女の子が到着後にお客さまと一緒ににシャワーを浴びてもらうことになっている。これは衛生面と、女の子に気持ちよく仕事をしてもらうための約束事だった。
だが、客の中には時間を惜しむあまり、女の子が来る前にシャワーを使ったり、浴びたと嘘をつく者もいた。
そんな場合は、店からも注意していいと言われているが、矢面に立つのは女の子である。
ユウも最初の頃はそのことにこだわっていたが、後々客との間で気詰まりな想いをするよりはと、あまりしつこくしなくなった。
現に目の前の彼もシャワーを拒否したため、険悪な雰囲気になりかけていたのだ。