butterfly-4
そんな私の心を読み取ったのか、高樹さんはそれ以上なにも言わなかった。
彼女は自分の立場を思い出したのかもしれない。私が客である以上、目上の大人として接するにも限度がある。
それでも彼女の態度は立派だった。あくまで自然に、さりげなく私を解きほぐしていく。
そこには先ほどの会話で生じた壁やよそよそしさはない。気難しい小娘の一人芝居のようだった。
仕事のこと。結婚のこと。五歳になる子供のこと。
高樹さんは色々なことを話してくれた。
ご主人のことはあまり話さなかった。
私にも彼女のように人生に対して真摯に向き合うときが来るのだろうか。
自分を誇れるようになるのだろうか。
私にとっての高樹さんのような存在に、ユウはなれるのだろうか。
不安はいつも唐突に訪れる。そして大抵の場合、長続きしない。
そのうち起きる、なにかにずっと期待しつづけている。
宙ぶらりんのあたしは……。
考えるのはやめよう。
今の私は疲れている。
昨日は仕事で遅かったのだ。
用意していた言い訳を持ち出して、ユウはウトウトと睡魔に身を任せていった。
大学での私は優等生で通っていた。単位取得にも余念がなく、卒業にも不安はない。
でも何かを得るということはなかった。学生という身分を享受するためだけにここにいる。
リクルートスーツを着た女の子とすれ違った。
周囲は来春の内定を夢見て就活に駈けずりまわっている。
なんとなく場違いな私には肩身がせまかった。
私の名を呼ぶ声がした。
大学の構内で、私のことをユウと呼ぶ人間はいない。当たり前のことだが、本名を呼ばれていた。
「ひさしぶり。元気?」
この友人も私と同じく、まわりから浮いていた。派手派手なおねえ系で、彼女がリクスーを着ていたのを見た記憶がない。
「就活?どう調子?」
「んーまあ、適当」
「マジ?あんた成績いいじゃん。あせらなくても大丈夫だって」
同類をみつけて安心したのか、彼女の舌は滑らかだった。
「あたしなんかさー、卒業があぶねーっつの」
「ちゃんと出席して一夜漬けでも勉強すれば大丈夫だよ。いざとなったらレポート書けばいいし」
「あーなんか、いっつも代返ありがとうね。それでさあ」
彼女の小狡い目が中央へ寄った。
「あんた……あの仕事まだやってんの?」
「………………」
私は視線にできる限りの冷気を込めた。
顔色を変えた私をみて、同級生は口もとを押さえた。しかし、悪びれた様子はない。
「……大丈夫、誰にも言ってないから」
「それならいいけど」
私は腹立たしさを抑えた。いま感情的になって、この女と揉めるのはよろしくない。
さっさと流してしまうことにした。