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「いらっしゃい」
私は挨拶もそこそこにふくれ面をつくった。
「高樹さん、忙しいの?最近、全然予約取れないし」
「ごめんごめん。まさか、こんなに頻繁に来てくれるとは思ってなかったのよ」
「いいよ。どうせ金持ちのババアしか相手にしないんでしょ」
「あらあら、どうしたの」
高樹さんは困った顔で髪を撫でてくれた。
彼女にはファンが多かった。親しみやすい人柄とスペシャルマッサージが人気の秘訣だ。
いつもの柔らかい笑顔に、私はすぐに機嫌を直した。
端からここに来るつもりだったから、化粧は控えめにしてきた。
まずはローションをタップリ含ませたコットンでのメイク落とし。顔の上を絶妙な力加減で高樹さんの手が移動していく。
ユウはうっとりと目を閉じた。
彼女の仕事ぶりの凄さは素人目にもあきらかだった。他の店も試したが、ここが一番だ。
自分の腕に自信を持っている彼女は、妙な化粧品など売りつけたりしない。
かと言って技術だけに溺れることもなく万事において疎漏のない完璧な存在だった。施術の合間にも適度に話を振ってくる。
「ねえ、――ちゃん。少し疲れてない?」
「ん〜、少しね」
ハーブの香りが鼻にぬけた。
オイルをたっぷりと使い入念に足を揉み解しながらマッサージ。ほてった体にひんやりとしたオイルが心地よく、筋肉が柔らかくなっていくのを感じる。
最初は評判のエステという肩書きに惹かれて通っていた。
今は施術はそっちのけで高樹さんとの会話を楽しみに来ている。
心地よいのだ。仕事のできる彼女と話していると、自分まで偉くなった気がした。
そして今日も彼女に認められたいと精一杯背伸びをしている。
「高樹さん、私の肌そんなに調子悪い?最近忙しかったから……」
「んー、そうじゃないけど……ちょっとね」
何があったの?とは、彼女は決して聞かない。でも、身体を触るだけで、すべて見透かされているような気がした。
ユウは慌てて話題を変えた。
「あたし高樹さんの顔見に来たんだよ。なんか学校のコとしゃべっててもさあ」
「それは嬉しいんだけどね……」
高樹さんは表情に思慮深さをにじませた。
「あなたまだ若いんだから、無理してこんなところに来る必要ないんじゃないかしら。私が言うのもなんだけど、このお店決して安くはないでしょう。学生さんのおこづかいじゃあ苦しいんじゃないの」
「大丈夫だって、高樹さん。私、バイトだってしてるし、結構やりくり上手なんだから」
「誤解しないでね。来てくれるのは嬉しいのよ。でもね……」
高樹さんはしきりに申し訳なさそうな顔をした。
口先だけで言っているのではないことはわかる。ありがたいことだとも思う。
でも放っておいて欲しかった。こども扱いされたくない。対等でいたい。