butterfly-2
「まあ君にかぎって言えば、大丈夫だろうけど……いいとこのお嬢さんみたいだし」
チクリと胸が痛んだ。
父は普通のサラリーマン。母と、妹、弟が一人ずつ。まだ下の二人に学費がかかるため、生活は決して楽ではない。
故郷を出るのにも、ずいぶん反対された。
「しかし真面目だなあ、朝一から授業なんて……俺なんか学校にさえ行ってなかったもんなあ」
「いまどきの学生も捨てたモンじゃないでしょ」
「ああ、しっかりしてんな。やっぱり将来的な展望ってあるわけ?」
「ええ、まあ……」
私は言葉を濁した。
そして、わざとらしく腕時計に目をやる。
時間を気にした私の態度に、彼は少し傷ついた顔をした。
「……あっ、その話はまたいずれ。社会人の先輩としてのアドバイスをさ」
彼が大げさに手を振りながら離れていった。
背中には落胆の様子がありありと感じられた。
私はため息をついて、煙草に火をつけた。同時にスモーク入りの窓を閉じる。
白い霧が立ち昇っていった。目が自然にそれを追う。
こうしているのが、いつの頃からか癖になった。頭の中をクリアにする。
紫煙が車内に充満していくなか、ルームミラーに写る自分の顔があった。
昔の『私』には、なかったものがそこにはある。
こじゃれたメイクも。
有名美容師にカットしてもらった髪も。
身を包むブランドの数々も。
すべてユウになった私が手に入れたもの。
そういえば……。
また名前を聞き忘れた。でも今さらなんて言えばいいんだろ。
遠くから彼の鳴らしたクラクションが聞えた……。
予約をしていたので、さほど待たされずに順番は来た。出されたお茶を半分ほど残して、控え室を出る。
平日の昼間のせいか、客足はいまひとつのようだ。
もっとも店側がプライバシーを配慮してくれるため、他の客とはあまり顔を合せる機会はない。
ここには頻繁に通うようになっていた。最近は週1回必ず施術を受けるようにしている。
この店はあくまでハンドマッサージが基本だが、ソニックやイオン、スチーマー等良いものを取り揃えている。ここにくれば、設備の充実を含めて洗練されたインテリアや目端のきくスタッフによって、少しの時間だけセレブ気分を味わえる。
私のような若い娘の虚栄心をくすぐるにはそれで十分なのだ。
慇懃なスタッフによって部屋へ導かれる。
服を脱いで用意されたガウンに腕を通すと、促されるままベッドに横たわった。
指名したエステティシャンと目が合う。彼女は満面の笑みで私を迎えた。