WAKALE-2
『出て行って。二度とこないで。』
『空っ!』
『出て行ってって言ってるでしょ!しつこい男は嫌いなの!別れられたくないんだったら最初からあんな事しないでよ!』
『もうしねぇよ!だから別れないでくれよ!好きなんだよ、空!お前が好きなんだよ!』
翔が土下座してる。ねぇ…、そんなにみじめな男だった?アンタ。いつも眩しいくらい輝いてる、みんなのリーダーのアンタが、みっともない真似しないでよ。潔くないアンタは嫌い。輝いてないアンタは嫌い。アンタを輝かせられないあたしは…、もっと嫌い。
『出て行って。二度と会いたくないの。結婚もナシよ。全て無効。あたしたちは顔も知らないただの他人になるの。美貴にでも慰めて貰えば?人気者の翔なら、お手の物でしょ?』
そんな汚い言葉をはきながら、あたしは何だかどんどん悔しくなってきた。何かに負けてるわけじゃない。けど、凄く悔しくて悲しくて、もう後には引けなかった。
『…本当にダメなのか?』
翔はそれだけ聞いた。あたしは何も言わなかった。背中だけ見せて。
『…わかったよ。帰る。もう二度と会いにも来ない。』
翔が離れてくのがわかった。何だか、すんなり別れを受け入れられてしまった事が悔しくて、あたしは翔に向かって最後にこう言い放った。
『一度犯した過ちは消えないの。アンタをどこまでも追い詰めて、人をどこまでも傷つけるって事、覚えときなさいよね。』
翔はただコクンと静かに頷いて、出て行った。閉まったドアの音がいつもより重々しくて、もう二度と、このドアから翔が入ってくる事はないのかと思うと、無償に悲しくなった。
あれから二時間経って、少し冷静になった。あたしは物凄い自己嫌悪に陥っていた。何で別れなんて言ってしまったのか。我慢すれば済んだ事を、どうして…。けど、あんな風に散々に言っておきながら、もう翔には会えない。そう思った。自分で、続くはずだった翔との未来を潰した。
あたしは、最後に翔が触ったドアノブを、触った。少しでも翔を感じたかった。
ふと靴箱の上を見た。ひとつの小さな箱が置いてある。
『…翔…?』
震える手で箱を開けた。見た瞬間に涙があふれた。婚約指輪だった。
『翔…っ、翔、翔、翔…っ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。ヒッ…ぅ…、許して……。』
美貴と翔が会っていたのはこの為だったのか、と今わかった。あの日、あたしが二人を見かけたのは結婚指輪を扱っているジュエリーショップ。あたしの為に、親友の美貴も一緒になって選んでくれていたのだ、きっと。取り返しのつかない事をしてしまった。冷静になったあたしの脳内に次々に後悔と自責の念が浮かんだ。
キラリと光る小さなダイヤに、あたしの涙がいくつも落ちていった。
もう、このドアから翔は現れない。あたしはまるでこのドアが、あたしと翔を繋ぐ未来から、あたしと翔を隔てる重い壁に変わってしまったように感じていた。