『 Mail me so long 』-2
車は国道をそれた。
林道とはいえ全線がアスファルトで舗装された二車線で、転落防止のガードレールが白い蛇のように、緑の山肌にうねうねと這っている。
私はこの半年の激変ぶりが信じられなかった。
退屈な生活に、刺激を求めて登録した出会い系サイト。
三か月前に届いた一通のメールがすべてを変えてしまった。華やかで楽しい会話。一人暮らしの女がもらす扇情的な書き込み。そしてグラビアから抜け出たような、華奢で髪の長い、美し過ぎる女の写真……。
夢中になった。
メールをする誘惑に逆らう気持ちも起こらなかった。
日に何度も携帯を覗き、何十通ものメールを送った。
あの日、妻を殺してでもNAMIKOと一緒になりたい、と言った時、その申し出に驚いたのか、しばらく返信が途絶えたものの、待ちに待ったメールが届いた時には、人が変わったように積極的な態度で、NAMIKOがこの計画を持ち出してきたのだった……。
携帯が鳴った。
着信の表示は自宅からだった。
車は頂上を越え、下りにさしかかると、裾野にひろがる街の景色が、一気に目に飛び込んできた。あと少しでNAMIKOに会える。そう思うと妻の声を聞くのが煩わしかった。
携帯を開くと無言で耳に当てる。
「あぁ、貴方? わたしの携帯グローブボックスの中にあるかしら?」
私は携帯をもつ手で助手席のグローブボックスを開けた。
中に、ケースにいれた白い携帯があった。
「あぁ、あるぞ。それがどうした?」
私は不機嫌な声で答えた。
「いいの、あれば。貴方ごめんなさい。本当に。ほんの悪戯だったの。退屈で、ただの気晴らしだったの。あの日、貴方がわたしを殺したいなんて言わなかったら……。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
通話は切れた。
私は訳がわからず、折り返しNAMIKOに電話をかけた。呼び出し音が一回コールされた途端、グローブボックスの中から、軽やかな着信音が鳴り響いた。
バカな!
私は助手席に手を伸ばし携帯をつかもうとした、その瞬間、足元にガクンと衝撃が走り、ブレーキが一切効かなくなった。
車は急な坂道を猛スピードで下っていく。対向車を慌てさせ、後輪を滑らせながらカーブを曲がっていく。
そうか、妻が。
すべて、あのおびえたウサギの目をした、あの女が……
混乱した頭が一瞬、シフトダウンを遅らせた。
けたたましいエンジンの咆哮とともに、私の車は、険しい断崖絶壁とを区切る、白いガードレールに向かって一直線に突っ込んでいった……。
End