死神の心-1
暗い、暗い、暗闇の世界。
何も見えない、どこに何があるのか分からない。手探りで前に進んでいく。…何かが身体に触れた瞬間、ものすごい激痛と苦痛の中、意識を持って行かれた。
「いやぁぁぁぁあぁあぁぁ!!!!………はぁ、……夢…か…」
シンプルなベッドの中で、死神―絢芽―は目を覚ました。
「……最近…ずっとこんな…」
はぁ、と、絢芽は溜め息をついた。
「今日は……」
テーブルの上に置いてある、白い一冊のメモ帳を取った。
「殺しに…行かなきゃいけないんだ…」
メモ帳に書いてあるいくつかの名前。―今日が命日の人間―
「やだよぉ…もぉ…」
絢芽の瞳から涙が溢れてくる。人を殺す。これは死神の仕事。いくら運命だとは言え、人を殺すのは…14歳の絢芽には辛すぎた。
今は死神でも、絢芽も昔はれっきとした人間だった。普通に暮らし、普通に友達と喋っていた。
絢芽には、好きな人がいた。優しくて、温かくて、明るくて、大好きな人が。
とある12月の寒い朝、絢芽は、やっとの思いでこぎつけた、好きな人と一緒に学校に行く日だった。ふと前方を見ると、待ち合わせ場所に、その人を見つけた。
絢芽の喜びを焦らす赤信号は、待つ喜びというのも教えてくれた。
…パッ、と赤が青に変わる。
「高生ッ…!!」
絢芽は相手の名前を呼び、小さい足でぱたぱたと横断歩道を走った。
そして、高生、好きな人と一緒に学校に行ける、幸せを味わう。
そのはずだった。
絢芽が横断歩道の半ばあたりまで差し掛かった時、信号無視した大型トラックが絢芽の前に現れた。
「…やっ…!!」
気付いたが、遅かった。
身体が簡単に吹き飛ぶ。全身に激痛が走る。たくさんの悲鳴が聞こえる。
気付いた時には、絢芽はこの世にいなかった。
■■■
「…れ?私、生きて…」
「いや、死んでいる」
暗闇の中で、絢芽は目を覚ました。
「誰ッッ…!?」
「そうだなぁ…死神、とでも呼べ」
死神と名乗るそれは、絢芽の前に座った。
「…お前が死んだのは、死神の手違いだ」
「……え?」
「本当に死ぬはずだったのは、お前の後ろにいた老人だ」
「……ちょっと…」
「責任者である俺が謝る。すまなかった」
「…ふざけないでよ!!!手違いで私の命を奪ったの!?…なんで…やりたいこといっぱいあったのに…」
「すまなかった…」
泣きじゃくる絢芽を、死神はぽんぽんと優しく叩いた。
いくら泣き叫べども、失った命はもう二度と戻らない。それが現実だった。
「この場で言うのも何なのだが…死神になってもらう」
「…やだ」
自分の命を奪った死神なんか、死んでもなりたくない。…実際、死んでいるが。
「…厳密に言えば、もう君は死神だ」
「意味が…わからな…」
「未練を残した者は、死神となる。それが掟だ」
「……」
次々と繰り出される非現実的な言葉に、絢芽は混乱していた。
「これが死ぬ予定の者のメモ帳だ。…明日から頼んだぞ。死神、絢芽。」
一言を残して、死神は消えた。
「いや…ちょっ…何なのよ…」
こうして、死神、絢芽が誕生した。