■LOVE PHANTOM■三章■-3
「元気そうだな靜里。」
叶がそう言うと、
「あなたも元気・・そうにも見えないけど。昨日もこんな感じだったものね。」
靜里は小さな肩をゆらしてくすりと笑った。
「あ、あんたは昨日の。」
そう言ったのは、靜里の後ろに隠れながら、顔をひょこっと出している幸子だった。叶が苦手なのだろう。
「な、何よこっち見ないでよ。この軟派野郎」
幸子は、自分を見つめている叶にたいして怒鳴って見せた。彼女なりの精一杯の威嚇である。それを横目で見ていた靜里は軽く笑った。
「紹介するわね。友達の菅原 幸子。すごくいい人よ」
「・・・そうか。」
そう言って叶は少し表情を崩すが、幸子は変わらず警戒心を盾に、靜里の後ろから全く動こうとはせず、叶をじっとにらんでいる。
靜里は「大丈夫だよ。」と笑みを浮かべながら、幸子の方を向いた。しかしそれでも幸子は首をぶんぶんと横に振った。靜里を鷲掴みにする幸子の手の力が、いっそう強まるのがわかった。 靜里は、ため息をつき、叶を見て少し笑った。
それを見た叶は、一瞬よりも少し長く間をおいた後で、自分の手を静かに差し出した。細くしなやかな指は幸子へ向いている。手のひらを差し出された幸子は、「ひぃっ!。」と小さくひと声上げると、靜里の背中に完全にその身を消してしまった。
叶はそれでもじっと手を差し出したままで、幸子の方を見ている。
「幸子。大丈夫だよ。ほら。」
そう言うと靜里は、ひょいっと横へ避けて幸子の両肩に手をおき、いやがる彼女を無理やり叶の方へ差し出した。
「握手くらい何よ。幸子。」
「だってこの人、なんか怖くて。」
「・・・・。」
そう言いながらも、幸子の手は叶の方を向いていた。ゆっくりと、彼女の手のひらは叶の手のひらに触れる。そして震える幸子のそれを叶はしっかりと握った。
一瞬、幸子の肩がピクリと動いた。
「よろしく。えっと・・。」
「幸子よ。」靜里が囁くように言った。
「よろしく、幸子。」
「は、はいっ。よろしく・・か、叶。」
幸子はぎこちなく笑う。
二人がゆっくりと手を放すと、靜里が言った。
「何か用でもあったの?」
「ああ。お前に渡すものがあったから。」
そう言って、叶が懐から出してきたのは、真っ白で小さな箱だった。靜里は子猫のような目で、その箱に視線を落とした。叶の手のひらにのるほどの、この小さな箱は何なのだろう。と、靜里は首をかしげる。
叶はそっと靜里の手を取り、もっていた箱を彼女へ優しく手渡した。軽かった。
靜里は少し不審な表情を見せながら、叶の顔を見てみる。叶もじっと靜里を見た。
それはまるで、腹話術などで使われるような人形の表情とよく似ている。
靜里が「何これ?」と箱をからから振ると、叶は口元に笑みを浮かべて、「開けて見ろ。」と言った。
訳も分からないまま、彼女はこくりとうなずき、ゆっくりと箱の蓋を開ける。
「あ・・。」
先に声を上げたのは、靜里の横に立っている幸子だった。
箱の中には銀の指輪がひとつ、入っている。その縁はまばゆいばかりの光をはなっていた。幸子はくいっと首を伸ばして、指輪に顔を近づけて見た。するとそこには小さく文字が刻まれているのが分かる。幸子は細い目をより細め、その文字に焦点を合わせた。眉間には深くしわがよっている。
“Nearby Lover”指輪にはそう書かれていた。
「ね・・ねーびー?何だっけこの単語は、えっと・・。」
幸子が首を傾げると靜里が口を開いた。
「Narbey Lover。恋人の近くという意味よ。」
「あっ。そっか。」
幸子は浅く頷いた。
「・・・だけど、なんであなたが私にこれをくれるの?」
靜里の不審な顔付きは、より濃いものになっていた。さっきまで笑っていたという事実を、消してしまうほどに、彼女は冷たい瞳を叶に突き立てている。
それでも叶の無愛想な表情は変わらず、靜里のきつい瞳を見つめた。