何もなかった。唄声だけが響いていた。1-1
なんの為に歌うんだろう?
そんな疑問を持つことは今までなかった。
伝えたい言葉が溢れていた。
届けない気持ちが止むことはなかった。
そして私は何もなかった。
家族はいない。
小さい頃から一人だった。
不思議と淋しくはなかった。
哀しくもなかった。
それでも私は愛に飢えていた。
無償で愛される小さなあの子を何度も憎み、そして羨んだ。
必要とされたかった。
私はここにいるんだ!
って叫んでまわりたかった。
私の存在。
誰も気に留めないちっぽけな存在。
誰かに気付いてほしくて…
見つけてほしくて。
私は唄う事を学んだ。
下手くそな唄。
何もなかった。
唄うことしかできない。
だから毎晩駅の片隅で
私は唄い続けた。
欲しいものは私を見つけてくれる人。
最初は観客なんて誰もいなかった。
誰も足を止めることなく、流れていく人並みを眺めた。
愛ってなんだろう?
愛されるってなんだろう?
何もわからない。
わからないよ。
一通り唄い終わると私は人並みを掻き分けて
4畳半のアパートへと向かう。
生活観のないこの部屋。
凍えそうな身体も心も暖まることはない4畳半。
タオルケットを頭らかぶって猫のように丸くなって眠る。
眠るのが怖かった。
誰にも気付かれずに、気が付かない間に死んでしまうのではないかと思いながら毎晩目を閉じる。
絶対なんてないから。
明日が無条件でくるなんて確約はないから。
私は暗闇を恐れながら、
愛を切望しながら眠りについた。
誰もいないこの部屋で。
次の日も今日と何変わらぬ生活が待っているんだろう。
と考えているうちに目蓋が重くなってきた。