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『空』という名の鎖
【同性愛♂ 官能小説】

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『空』という名の鎖-2

2  口篭り、定まらない視線を、落ち着きなく泳がした。
 中学の時、サッカーの練習場と美術部のアトリエは目と鼻の先にあり、俺は、よくそこへサボりに行っていた。
 そして、そこで、陽依都の綺麗な指が、白い紙の上を巧みに彷徨う姿をを見るのが大好きだった。
 高校に進学したと言っても、中高一貫教育の学校だから、変わったのは制服と教室だけ。
 サッカーの練習場も美術部のアトリエも…俺の気持ちも、なにひとつ変わらないのだ。
 まだまだ失恋の痛手から立ち直れずにいる俺には、かなり厳しいシチュエーション。
 だからせめて、その辛い立場から自分を開放してやりたいと、高等部に進学したら、部活を辞めると決心したのだった。
 それに、まさか、この場で『サッカー練習場の目と鼻の先にあるアトリエで、絵を描いている陽依都の姿を隠れ見るのが大好きだった…だけど、今の俺は、陽依都が絵を描いている姿を見ることが、なにより辛いんだ』と今更、わざわざ失恋男の情けない心情を、公表することもないだろう…と、すっかり煮詰まり、言葉を失う。
 そんな俺は、意味もなく怒鳴り散らすしかなかった。
「そ、そんなことは今、関係ないだろ?俺がサッカー部に入らないことと、お前が美術部に入らないことは一切関係ないだっ―」
「大有りなんだよ!伊織!」
 俺の意味を持たない怒涛を、遮るように、叫んだ陽依都。
 いつも冷静沈着で、何事にも動じない陽依都の取り乱す姿に、またしても言葉を失う。
「俺が絵を描くのが好きなのは、おまえが、俺の絵を見て、『好きだ』って言ったから…だから…」
 俺の手首を掴んだ腕にグッと力が入るのを感じ、トクンと心臓が高鳴る。

『陽依都は何で、空の絵しか描かないんだ?』
『空に見える?』
『空…だろ。どう見たって』
『じゃぁ、空でいいや』
『ハハハ、なんだよそれ。 まぁでも、俺は陽依都の絵、好きだよ。絵心なんてこれっぽっちもないけど、陽依都の絵、見てると、何かやる気出てくるんだよな。あったかくて、優しくて、でも力強くて。陽依都のこの綺麗な指先が触れる度にそこに命が込められていくって感じが、なんかすごく…やらしくて、好き』

 確かに、そんな会話をした記憶があった。
 嬉しそうに笑って『ありがとう』と言った陽依都の透けるような瞳にドキッとしたことは、今でも鮮明に覚えている。

「伊織のいない景色なんて、俺には何の興味も沸かない。綺麗な空も雲も、月も星も。伊織なしじゃ、ちっとも輝かないんだ。俺は『空』を描きたいなんて一度も思ったことないんだよ。伊織がグラウンドを走っている姿をいつも見てた。綺麗で、キラキラ輝いていて、時には寂しく見えたり悲しく見えたり。時には逞しく、雄大に見えたり。伊織の姿をずっと追ってた。そして、誰にも気付かれないように、そっと気持ちを『空』に閉じ込め続けた。いつもいつも俺の『空』は叫んでた。『伊織のことが好きだ』って」
 脳内で何かがスプラッシュしているようにチカチカと瞬き、身体が震えるのを感じた。
「だけど…俺がキスしようとした時、おまえは『困る』って…」
 気付けば俺は、薄れる思考能力の中で、あんなに隠し続けていた、あの時、陽依都にキスをしかけたことを、自ら告白してしまっていた。
「あの時…もし、あのまま伊織の挑発にのってしまったら、きっと俺は、伊織のことをメチャクチャにしてしまうと思ったんだ。だって伊織。俺の気持ちは半端なもんじゃないんだ。何年も何年も、『伊織の居る空』に自分の気持ちを封印し続けてきたんだよ。あんなキスだけで済むとは思えない」
「…なんだよ…それ……ふざけんなよ…」
 なんなんだよ、これは…と力なく呟いきながら、抑えていた気持ちが、沸々と沸き起こる感触に震えていた。
 そして、何年もの間繋ぎ止められていた鎖を放たれたかのように、その気持ちは一気に駆け出したのだった。
「逃げたのか?」
「…」
「自分の気持ちを閉じ込めて、それで満足なのか?」
「じゃぁ、伊織は…伊織は逃げないのか?」
 『何から?』と問う俺に、突っ張っていた腕を少し曲げて、顔を近づけた陽依都は低く唸った。
「俺はもう、目の前の、ここにいる伊織しかいらない。『絵』も『空』もいらない。今ここに居る伊織が欲しい…それが分かっても、それでもお前は逃げないで、俺を見ていられる?」
 陽依都…俺はお前と違って、気持ちを封印する『絵』も『空』も持ち合わせていない。
 だからいつも、何も通さずに陽依都のことを見ていたんだ。
 お前の絵が、心にズシッときたのは、俺の事を想いながら描いていたからだったなんて…。


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