I's love there?-3
「ここからおまえんちまで結構あるんだろ? 立ち止まって休むほど痛いんじゃぁ、素通りして行くわけにいかないし」
「だって、そんな悪いし……」
「悪いとかじゃなくて、俺の気がすまないの。……後々悪い噂流されたらたまらないしね」
冗談っぽく笑ってサリーちゃんは言った。その最後のひとことが、気を遣わせてしまって悪いな、と思う私の心を軽くしてくれる。
たった半年会わなかっただけで、男の子って変わるものなんだな、と妙に感心してしまった。サリーちゃんの優しさが、すぅっと心に染みていく。数分前まで心にはびこっていた黒い雲が、どんどん押し流されていくような思いだった。
「じゃ、二人乗りしようよ」
声を弾ませて私は言った。やっぱり、サリーちゃんを歩かせるわけにはいかない。
「いいのか? おまえ、彼氏いるだろ?」
そう言うサリーちゃんは心配そうな顔をしている。そうか。後ろに乗れよ、って言わなかったのはそのせいなんだ。
「大丈夫。あいつは今友達と一緒だから。……それに、嫉妬なんてしないもん」
後半は声のトーンを落としてぼそりと言った。余計なことを言ってしまったかな、とすぐに後悔した。
「……おし。んじゃ行こう。後ろに乗れよ」
幸い聞いていなかったみたいで、ホッと胸をなでおろす。自転車にまたがると目の前にはひょろりと長いサリーちゃんの背中があった。体格のいい翔太のそれとはだいぶ違う。
「ちゃんとしっかりつかまっていろよ」
サリーちゃんがそう言うと、自転車は走り出した。
いつのまにか太陽は西の空に沈もうとしていた。その強くて暖かい光は数本の矢となって地上に落ち、雨で濡れた道路や草花をオレンジ色に染めあげる。
そのオレンジ色の道路を、サリーちゃんが後ろに私を乗せて自転車を走らせていく。
「わぁ。キレイ……」
今度はいたたまれない思いはなくて、素直に綺麗だと思えた。まるで自分がリセットされたような清清しさがあった。
「え? なんか言ったか?」
前方に注意を払いながら、大きな声でサリーちゃんが聞いたけれど、私は“なんでもなぁい”と言って見ている風景のことは言わなかった。
秋の短い夕暮れが終わるころ、サリーちゃんが漕ぐ自転車は私の家についた。
「すっごい助かったぁ。本ッ当にありがと!」
私が自転車から降りると、すぐに帰ろうとするサリーちゃんの腕をつかんでお礼を言った。するとサリーちゃんは照れくさそうに顔をそらした。
上がってお茶でも、と誘うとサリーちゃんはやんわりと断る。
「あ、じゃぁ、メルアド教えてよ。今度あらためてお礼をするから」
私がそう言うと、何回も断るのは悪いと思ったのか、少し渋ったものの、なんとかメールアドレスを教えてもらうことができた。
じゃぁ、と言って夕闇に去っていく後ろ姿を、私は姿が見えなくなるまで見送った。
サリーちゃんと別れても、自転車から見たオレンジ色の風景は私の心に焼き付いて、いつまでも頭から離れないのだった。
その夜、私はベッドの上で携帯電話を見つめ、もんもんとしていた。つい勢いでアドレスを聞いたものの、こうやってあらたまると気軽にメールをする気にはなれなかった。