真夜中のピストル、そしてキス-1
1 宣戦布告を受けたその夜は、とてもじゃないけど眠るなんて事はできなかった。
真夜中、ガタガタと煩い音に目が開いた。
音の矛先であるだろう月明かりに透ける窓のカーテン越しに、黒い影が動くのが視界に入り、自分の体が強張るのを感じた。
じっとりと背中に汗が伝り、張り詰めた緊張感の中、窓が開き黒い影が進入してきた。
(こんな時、どうすればいいんだろう…考えろ、考えろ)
(携帯…遠い。武器になる物、って云ったら手元にあるのは…)
枕に充電器、空のペットボトル。駄目だ。
てんで衝撃を与える物がない。
(同じ人間だし、話せば分かってくれるだろうか。無理だよな…)
数秒の間に普段は考えないことを考えすぎて、俺の頭は悲鳴を上げた。ついでにその黒い影の正体を見て、本当に悲鳴を上げそうになった。
俺の顔を見て、にっと微笑したその顔は、見慣れた顔つきをしていた。
「克也!?どっ、どうして…」
「しっ、大声出すな。バレるだろ」
人差し指を口の前で突き立てて、静かに克也は俺を牽制した。
よっぽど泥棒に入られるより度肝を抜かれたんじゃないだろうか。
「どうやって入った?いや、それよりなんでっ…それにここ二階…」
「俺、ピッキングの才能あるかもな。あと、前世は忍者かも。とりあえず落ち着いてくれよ」
こんな状況で落ち着ける人間がいるのなら、尊敬に値すると思う。
「つまり、こうか?克也は二階まで忍者のごとくよじ登ってきて、窓を器用にも開けてこの部屋に入ってきたと」
「まあ、そんな所。そこにあった梯子という文明の利器は使ったけどね」
くっくっと何が可笑しいのか、声を押し殺して笑ってる。
もし俺が心臓病を煩っていたなら、間違いなく今ごろ御陀仏だ。
そうなったらどう責任取るつもりなんだ。
無責任に笑うクラスメイトを見上げて、沸々と怒りが込み上げてくるのを確かに感じた。
「…で、一体なんなんだ?」
「あぁ、大事な用事を思いついたんだ」
?思いついた?やけに変な言い回しをする。
「先に宣誓してくれるか?今から起こることを絶対忘れないって」
「…?ああ。分かった、誓うよ。もうこの際何でも来いだ」
「言ったな?じゃあ忘れるな。ここに刻み込め」
克也はそう言って人差し指を俺の左胸、ちょうど心臓の辺りに当てがった。
ピストルを真似たポーズで。
「これは宣戦布告だから」
「それってどういう意…」
ふっと触れた。
空気に触ったのかと思った。
一瞬のキス。
『いいか?忘れるなよ。…おやすみ』
そう言い残して黒い影は月夜に消えた。
「うわっ!なんだよその顔!」
教室に入って、クラスの奴に開口一番に指摘された。
「ちょっと…寝てなくて」
昨日はあれから一睡もできなかった。
寝たらいっそのこと『夢』にして片付けられたんだろうか。
いや、あんな夢があってたまるか。
「おい克也ー!見てみろよ忍の顔!すっげえ顔色悪いんだよ!」
克也を呼びつけたそいつに軽く殺意を覚えた。
寝不足の原因に会うのは、今の精神状態としては少々刺激が強い。
「…へえ、どうしたんだ?」
「別に…なんでもない」
克也が原因で寝ていないなんて、死んでも知られたくない。
でも、どうやら運命はこういう時には無慈悲になるみたいだ。
「忍、一睡もしてないんだってよ!何やってんだかなー」
ああ、もう。
「そうなんだ?」
「別に、全く寝てない訳じゃ…」
最悪。穴があるなら深く掘り下げて入ってしまいたい。
克也は、
「一限目は馬場の授業だから、存分に寝れる。生気養っとけよ」
と言って笑った。
(何もなかったように笑うんだな)
別に反応して欲しかった訳じゃないけど。
やっぱ夢だったのかも、あれは。
今ならそれで片付けられる。
その後も、あの大々的な宣戦布告の余波はなく、速やかに下校の時間が訪れた。
教室には誰一人として残っていない。
(克也も帰ったのか…)
そこではっとする。
別に帰ったっていいだろ?
関係ない。