真夜中のピストル、そしてキス-3
3 「オバサンは?」
やっぱり。
「保健医にも出張があるらしいよ。鍵、俺に預けて出てった」
来たのは克也だ。
「ふーん、貸し切りか。最高だな」
「サボり魔。何しに来たんだよ」
心外だとでも言うように態とらしく表情を作ってみせ、それから微笑んだ。
「具合が悪いらしいお友達の見舞いに、教室抜け出してきたんだよ」
俺が寝ている、保険室の簡易ベッドの脇に腰をかけ克也はそう言った。
「嘘吐け。制服からタバコのにおいがする。屋上で吸ってたんだろ」
「ハズレ。便所で吸った」
そしてマイセンに火を付けた。
(あ。俺にも、におい付くかも)
(まあ…いいか)
俺はタバコは吸わない。
小学生のときに一度、友達に誘われて吸ったことがあるだけ。
ちょっと悪いことに興味がある年頃だったから。
タバコは、咳込まなかった代わりに、どうしても旨いとは思えなかった。
こんなもんか、という感じだった。
常習性なんだから一回ぐらいで旨いと思うわけはないが、こんな物に金を払うのは馬鹿らしいと思った。
どうせなら、キレイな桃色の肺のまま死を迎えようと考えてみた。
どのみち、もう周りの副流煙に侵されて無理な話なんだけど。
「こないだ前田、緑吸ってたよ」
「げ、メンソールかよ。つくづく地球に優しい男だな」
「ハハ…云えてる」
少しの間、克也は宙を見上げてなにか考え事をしていた。
そして急に、俺の方に向き直った。
「?どうし、た…」
『ギシッ』とベッドの軋む音が聞こえて、克也が俺に覆い被さっていた。
「なあ、忍の首に…キスマーク付けていい?タバコで付けたら、きっと消えないぜ」
克也の冗談とも本気とも取れる言葉に、心臓は早鐘を打ち称えた。
トク、トク、トク…。
タバコを口に咥えた克也の顔が、ゆっくりと首元に近づく。
接近する恐怖にたまらず目を瞑った。
「…ッん…!」
首筋に、熱いものが触れた。
でもそれは、タバコじゃなかった。
目を開けると、克也の唇が首にあった。
顔を上げた克也と視線が交錯する。
「さすがに根性焼きはヤバいっしょ」
「目がマジだった!ああ、くそっ…!心臓に悪いんだよ、おまえのする事は!!」
ケラケラ笑って俺の肩をぽんぽんと叩く克也のそれは、いたずらをし終えた後の子供の顔をしていた。
「おもしれーっ!ホント忍といると飽きないわ」
なおも笑い続ける奴をどれだけ睨みつけても、それもまた可笑しいことのように克也は笑い続けた。
「ところでさぁー…。忍、首のそれ気付いてる?」
克也の指が差す所は俺には見えないから、ベッドから起き上がり、急いで鏡の前に立った。
首にうっすらと付いた印は、微かではあるけど傍目から見ればしっかりとキスマークという事がバレてしまうだろう。
「う、わ…!克也!なんて事してくれるんだよッ」
「別にいいんじゃない?あ、バンソウコウは止めておけ。逆に目立つから」
そうは言ったって、一体どうやって隠せばいいんだよ、こんな跡!
「克也はまるで災難のかたまりだよ…!お願いだから、もう俺に構うなッ」
「…いやだ」
克也が真面目な顔をするから。
視線に呼吸が奪われていく感覚に堕ちた。
―ダンッッ!
壁を叩く音と共に、いきなり身体を壁際に押さえ込まれた。
「んッ!?…ッ!」
怒ったようなキスだった。
「…悪かったな」
その一言だけ残して、克也は保健室を出ていった。
(…今のって、もしかして……拗ねたの、か?)
ちょっと…これは予想外かも。
その時俺は自分の中に、何かの変化を感じ取った。
保健室を出て、急いで克也の姿を追う。
克也は玄関を出るところだった。
「克也、待てよ」
「いいよ。無理すんな。…迷惑なんだろ、…ッ!っ!?」
その時の自分の行動は、なんでそうしたのか自分でも良くわからない。
だけど、克也がなんだか愛しく感じたんだ。
行動を起こすには、十分な理由だろう。
気付いたら、キスしてたんだよ。
悪いか。