■LOVE PHANTOM ■一章■-2
「何買うの」
「うん・・ちょっと」
幸子の質問に、靜里は恥ずかしそうにして答えを曖昧にした。そんな、何かを裏付けると思わせる様な、靜里の顔を見た幸子は、彼女が何を買うのか余計に気になって、俯く彼女にしつこく聞いてきた。
初めのうちは、笑ってごまかしていた彼女だが、あまりの幸子のしつこい攻めに耐えられず、とうとうその堅い口を開いてしまった。
「・・・輪を買いに」
「えっ何？聞こえなかったもう一回」
幸子は靜里の口元へ耳を寄せた。
「指輪・・買いに」
その言葉を聞くと幸子は、アッケにとられてかたまってしまった。今の今まで、靜里が装飾品を欲しがった事などは一度もなかったのだ。指輪も、ピアスも、そればかりか香水までも、彼女は嫌っていた。それが何故なのかは聞いたことはなかったが、それについては、自分を飾ることが嫌いなのだと彼女は勝手に判断していた。
「めずらしいね。どうしたのよいきなり、何かあったの」
「別に何もないけど一つくらいあったほうがいいかなっと」
靜里は再び照れ臭そうに笑った。
「ははーん、好きな男でもできたなぁ」
「違うよ。本当に欲しくなっただけ」
そう言いながら二人が歩いていると、突然前のほうから声が聞こえた。
「どういう指輪が欲しいんだ？」
驚いた二人は、声のするほうを見ると一人の男が立っている。それはさっき、車道を無謀にも横切った男だった。あの事故の中、どうやって歩道に来たのかは分からない。そう、さっきまで彼が見ていたのは彼女だったのだ。彼の目には靜里が映っている。目的が何なのかは知らないが、男は彼女に会うために車道を渡ったのだろう。
「言え。どういう指輪が欲しい？」
男は無愛想のうえに、無表情で言った。しかし、相手の二人には何のことかさっぱり分からない。そればかりか、こうして話しかけてくる男が、誰なのかも分からない。始めて見る顔である。
不信感を隠せない二人に、男はゆっくりと近づいてくる。あくまで無表情である。
そしてその瞳は、じっと靜里を映していた。
「金のやつか？それともダイヤの入った・・。」
「来ないで。大声あげるわよ。それ以上近づかないで。」
一種の恐怖を抱きながら、靜里は言った。幸子はただ、がたがたと震えながら、靜里の後ろにしがみつくようにして、隠れているだけだった。男は立ち止まり、じっと靜里を見つめている。彼女もまた、男の瞳をそらす事なくじっと見つめた。何故か、ここで目をそらしたら、どこかに連れ去られるような予感がしたからだ。
ほんの少しの間のはずなのに、長い時間見つめあっているような気さえしてきた。
しかしその間、さっきまでこの男に対して抱いていた恐怖は、少しづつ心から砂のようにこぼれて、消えて逝くのを靜里は感じていた。男の瞳はあまりにも冷たく、そして何かを求めているようだった。このまま彼の瞳を見ていたら、ついにはその中へと、引き込まれてしまい二度と出られなくなりそうなほどに、彼の瞳は危険な輝きを見せていた。
「名前は」
始めに口を開いたのは、男のほうだった。それでも、決してその視線は彼女からそらすことはない。
「北村 靜里」
ほんの少し、声を震わせながらも彼女は、すぐにその問に答えた。
「俺の名は隹那 叶」
男は一瞬、表情を崩して言った。
それを見た靜里は、くすくすと吹き出した。男はじっと、笑っている彼女を見たまま動かない。幸子は「こ、こら笑うなよ相手は軟派野郎だぞ」と、言いながら靜里の背中にくっついたままである。靜里は上品に笑うと、咳き込みながら男に言った。
「おかしい人。指輪、何が欲しいって聞いてから自己紹介なんて。」
「・・・そうか。」
「叶・・さん？」
「叶でいい。やっと見つけた。何年もの間、捜し回ったよ。」
叶は、再び歩きだし、より二人に近づくと靜里の正面に立った。
「探した？私を？」
不思議そうに靜里は首をかしげた。