ピアノ-1
喧噪の中聞こえる綺麗な音。
俺は惹きつけられるようにその音を辿り始めた―…
音を追い、辿りついた所は音楽室。
誰だろう。放課後だぞ?なんでこんな時間に…
この学校は男子校だ。合唱部もなければ吹奏楽部ですら無い。
変だな…。
すでに開かれてる音楽室の入り口から中を覗き込んだ。
そこから見えたのは見覚えのある顔だった。白いシャツに紺色のネクタイを身にまとった黒髪長身の男。
「…タカハシ?何やってんの?」
ピアノの鍵盤へ向けられていた視線が移され、こっちに注がれた。
「3年C組大森 泉…だな。高橋じゃなくて先生と呼びなさい。」
「センセ。何やってんの?こんな所で」
「調律。一応、音楽教師だからな。」
そう言い、ポーンと一つ鍵盤を鳴らす。
「チョーリツ…?さっき、なんか弾いてたよね。また弾いてよ。」
「金取るぞ?」
ふっと意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言う。
「可愛い生徒から金取んの!?根性ひん曲がってるよ先生」
先生の眼鏡越しに見える、眼光鋭い切れ長で黒目がちの瞳に射すくめられた。
「で、何弾いて欲しいんだ?」
「何って言われてもなぁ…全然分かんないよ」
予想もしてなかった質問にしばらく考え込む。
うーん…
「…あ!あれ!卒業式とかにかかるやつ!あれ好き。なんて曲だったっけな…」
頭に思い描いたメロディーを口ずさんでみる。
「ああ…カノンだよ。パッヘルベルの。おまえにしてはいい選曲だな」
そんな嫌味を言いながら指を動かし始める。
その途端、スッと表情が変わる。
先生も黙ってればキレイな顔してるのになぁ…。
普段口悪くて、ずけずけ嫌味言う先生がこんな繊細な音出すんだもんな。
なんかズルい。
そう思いつつも聴き入ってしまう。
すげーキレイ…
防音のせいか、ここだけ隔離された世界に思えてくる。そう、特別な空間に。
ずっと聴いていたい。そんな気分にさせられる。
時間が長くて短い。不思議な感覚。
♪……
音が鳴り止んだ。
「…終了。感想は?」
「…キレイ。無茶苦茶キレイ!キレイだった!俺、難しいことはよく分かんないけど、先生のピアノ好きだわ」
なんだか嬉しくって興奮気味の俺に向かって、先生はいつもの調子で話し出す。
「それはドーモ。綺麗、綺麗って馬鹿の一つ覚えじゃないんだからよ」
その言葉にちょっとムッとして先生の方を見る。