わたしと幽霊 -花-(後)-2
病室に残ったのは、あたしと高谷さんと和輝さんの三人。
「…本人だな」
高谷さんが初めて口を開いた。
「本人って…高谷さん、分かるの?」
あたしはこそこそと小さい声で話す。
「左手の甲にホクロが並んでるだろ。珍しい箇所だから間違いない」
あっ…ホントだ、ホクロ並んでる。
それにしても凄い観察眼。
何時の間に見てたんだろ…さすが高谷さん。
「…で。お前はここに来てどうするつもりなんだ?」
腕を組み、高谷さんが横目であたしを見下ろす。
「お話したかったの」
あたしはベッドの脇に寄って、無言の彼もじっと目に焼き付けた。
話?相手は11年の間、昏睡状態の患者だぞ?
高谷さんの目はそう言っている。
違うよ、高谷さん。
あたしが話したかったのは――…
「ガーベラの色違いの組み合わせって素敵ね〜」
彩香さんが戻ってきた。
薄い水色の花瓶を両手に持った彼女が、きょとんとした顔で病室を見回す。
「あら…柚木さん、もう帰ってしまったのね」
少し残念そうに呟いた彼女は、棚の上にそっと花瓶を置く。
そして椅子に再び座り…
彼の左手をそっと握った。
爽やかな風にピンクと白のガーベラが揺れる。
彼女の前髪もかすかに揺れている。
そして、静かな眼差しで――…
彼女はいつまでも彼の寝顔を見つめていた。
―‐―‐―‐‥
『来るな…来るな…』
ガードレールに腰掛けたその男の子は、歩道を眺めながら呟き続ける。
いつ来るかも分からない…
…その人を待って。
夕方に差し掛かり、空が赤みを帯び始めても、センター街の人通りは絶えない。
――そして少年の前を。
ロングヘアーを一つにまとめた、清潔そうな眼差しの女性が横切る。
…すぐ目の前を横切る。
『来ない…来ない…』
本当は、病院の行き帰りにいつも通っているのに…
それでも少年は気付かないまま――呟き続ける。
「…来てるよ。キミが待ってるヒト…」
突然、自分に向けられた声に、ぴたり…と少年の呟きが止まる。
「いつもここを通ってるんだよ…気付かなかった?」
きし…と、もう一つの影が、彼の横に腰掛ける。
落ち始めた陽が、一つの影を長く伸ばしていた。