深紅の新薬・人体実験-1
『行き止まり?!』
路地裏まで追いやられ、壁に張り付いて、振り返る。
「大人しくしろって、これ以上殴られたくないだろ?」
ギュッと手のひらを握り締め、睨みつける。
だけど、この16年間の人生、『事勿れ主義』を決め込んできた俺は、この拳を振り上げて自分よりはるかに大きなこの男達と応戦する術を知らない。
近づいてきた男が、俺の顎をグッと掴み無理やり上を向かせる。
接近した顔がニタッと笑い、発せられた言葉に俺は凍りつく。
「奏太…犯(や)らせて」
じょ、冗談じゃない!そんなことになるんなら、このまま殴られ続けて死んだ方がまだマシだ。
首をブンブンと左右に振って、無言の抵抗を示す。すると、
「あっそ…」
意外にもあっさり身体を離す男に、助かったと、安堵の溜息をつき、急いで男の身体の隙間をすり抜けた。
そして、地面に落ちた鞄と、脱がされ、放り捨てられた制服の上着を拾い上げようとしゃがみ込んだその時…ぬぅっと眼の前に大きな影が伸びた。
眼の前の影を見つめたまま、息を飲む…
「!!」
あっという間にひっくり返された俺の身体は、湿ったカビ臭い土の上に押し倒される。
馬乗りになった男の、ギラギラとした視線は、俺の身体を見えない縄で締め付けていく。そして、にやけた口先が恐ろしい言葉を発した。
「相互の同意が得られないなら…残る選択肢はただ一つ…強姦さ」
傍観していた数人の男が『集団レイプ』と呟いてクスクスと笑うのが聞こえた。
もうダメだ…と諦め、四肢の力を抜いて、ギュッと目を閉じる
だって、彼らに同意してもしなくても、犯(や)られることには変わりが無い俺は、『諦める』ことしかできない。
目じりから溢れ流れた冷たい雫が、頬を伝うのを感じ、恐怖に気絶してしまいそうになったその時、
「いてててて!!」
叫びながら、俺の上に馬乗りになっていた男が、身体から離れるていくのを感じ取り、目を開ける。
耳を引っ張られて顔を歪めながら、身体を起こしたその男が、投げ捨てられ、―ズサッ―と大きな音と共に、地面に倒れこむのが見えた。
慌てて顔を上げると、目の前に大きな人影。
ビルの屋上から差し込む夜のネオンを背中に浴びて、シルエットしか映らないその大きな影が、俺のほうへ、フッと手を伸ばした。
「うわっ!!」
突如、身体がフワリと宙に浮き、その影は、軽々と俺の身体を肩に担いだ。
まるで荷物でも担ぐように…。
「おい、待てよ!」
俺を担いだまま、何も言わず立ち去ろうとする男を、強姦未遂の男が呼び止める。
「俺の獲物だ。返せ」
巨漢の男の唸り声に、更に大きなこの男は、振り返ることなく立ち止まる。
「人の趣味に口出しする気はないが、奏太は可愛い弟なんでね。お前等みたいな薄汚いハイエナどもにくれてやる気は無い。そんなに犯(や)りたいなら、他をあたってくれないか」
重低音の声に、男達が息を飲んで『奏太に兄貴なんていた?』と囁きながら後ずさりするのが見えた。
細い路地裏を抜けると、一気に押し寄せる人の声と、大音響で流れる音楽。その瞬間、そこで、初めて助かったという安心感に襲われ…いきなり飛び込んだ眩しいネオンに驚き、頭の中は真っ白になって…男の肩に乗せられたまま、俺の意識は電源を切ったように、プツンッと切れた。